第一章、『詐欺師姉妹』⑤ |
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「この角、曲がると酒屋があるんだ。」彼女は家が近いというだけあって、この辺りの地理に明るいようだ。僕は方向音痴でない女性は好きだ。 「君、地図は当然、進行方向を上にしないで読む人だね。」 「北を上にするのが基本じゃないの?」 「酒屋って、居酒屋で飲むんじゃないのかい?」 「この時間(朝の10時半)に開いてる居酒屋なんか無いでしょ。肴は東急ストアで惣菜でも買っていいし、作ってもいい。」
酒屋二人で入る。この時間から、酒屋に来る学生はとても不健全だ。そして僕はそんな不健全な生活をもう三年以上続けている。 「とりあえずビールはどの銘柄が好き?よくビールの銘柄に拘る男性は、細かい性格って言うけど、ビールの銘柄に拘らないのは単なる味覚障害と思う。」 「ビールなら、エビスかキリンラガーがいいな。発泡酒ならキリン端麗かサッポロ生搾り。」 「あたしも、エビスはいいと思う。高い分美味しい。」彼女はエビスの瓶をコロコロと数本、籠に入れた。「今日は奮発栓抜きはあるでしょ。ビールの他に欲しいものは?」 「栓抜きはちゃんとあるよ。ビールの他にはウイスキーと麦焼酎がいい。氷も欲しいけど、いいですか?」 「日本酒は飲まないの?」 「一緒に飲んでた先輩が一昨年の健康診断で『糖』出してから、だいたい焼酎を飲んでるのさ。あと、風味のキツイ焼酎は苦手だけど、ウイスキーは癖が強いスコッチの方が好きだよ。」 「ふーん、まあいい、いいちことジョニ赤でいい?あたしもそんなに持ち合わせないから。」 「奢ってもらっといて何だけど、それでいいさ、」と僕。彼女は「今度、余裕のあるときにでも、オールモルトのウイスキー飲もう。」と希望に満ちた返事をした。女の子の気持ちは解からない、僕はタダでさえ少々女性不信ぎみなので、やっぱりこれは一種の詐欺かなと疑ってしまう。
まあ、詐欺なら詐欺でいい、彼女が僕を騙す前に、僕が彼女を騙せばいいのだ。僕が警戒を解かなければ、そう難しい事じゃない。
警戒を解かなければ。 警戒を解かなければ。 警戒を解かなければ。
僕は心の中で範唱した、範唱でもしていないと、この迷子のような幸運を鵜呑みにしてしまいそうだったから。
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7月23日(月)09:43 | トラックバック(0) | コメント(0) | 私小説 | 管理
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