兄目線でアニメ
 
アニメに対する、視点、論点、あと,メイドさんとか、自作PCとか、鉄道とか酒とかな話。
 



社会

隣に存在する恐怖

はてさて、またお久しぶりになってしまって申し訳ない限りの萌兄です。

でも、今回には理由があります。だから今日の話は少し真面目な話です・・・といってもメイドさんの話をするにしても萌兄はかなり真面目にやっているのであまり本人のスタンスとしては変わらないのですが、読み手の方々からすれば結構変わる・・・訳でもないかもしれませんね。

さて、話を戻します。萌兄は不安に成りました。家を買って腰を落ち着けられると思いきや、勤め先の会社がリストラ政策を実施し始めたのです。萌兄の部署は人手不足なので直ぐと言うわけではないでしょうが、それでも、これからも婚活続けて結婚して子供を育ててという、何と無くあった平凡な人生のビジョンというものが信じられなくなったのです。

職場の同僚や上司はそれでも平然としています(なぜなら彼等は雇用に関する法律を良く知らないので、会社がリストラ政策を始めている事に気づいていないのです。)、どう考えても理不尽な対応が行われても、不景気で会社が大変なのだからと素直に受け入れてしまっています。萌兄は法律の専門家ではないのですが、素人が自分で自分の身の少し未来までを予測できるくらいの法律の知識があったので、それでも気づく事が出来ましたが、彼等はそういった(内容にすれば新書一冊ぐらいで理解できるものであるのに)ものに全く興味を示していないし、当事者意識も無い様に、盲目的に会社内での立場を考えてエエカッコシーを貫いているのです。僕は、そういった『少し先の問題』に気づかないことは怖い事だと前々から思っていましたが、それ以上に怖いのは、その組織に属している殆どの人々が、そういった問題にを意識というか認識さえしていないということ自体が本当の恐怖だと確信したのです。

こういったことは、なかなか職場では話しづらいので、大学時代の仲間に話しました。これからの世の中は価値観がどうなるか解らないから、結婚したり、子供育てたりとか、現時点では正社員として給料を貰っている自分にもなかなか考えられないと。仲間も理解してくれてこれからどうしようかという話を沢山しました。そこで色々なアイデアが出ましたので、少しづつでも実行できればなと思います。その為、また更新が疎かに成るかも知れませんが、その時には別の形で皆様にメッセージを発信できればと思います。

抽象的な話になってしまって申し訳ない、話したい事はまだ山ほどあるのですが、もう文字数がそろそろ一杯なので。たま次の機会にでも。



2月6日(土)11:36 | トラックバック(0) | コメント(0) | 社会 | 管理

新年ですが・・・

あけましておめでとうございます。萌兄です。
年末も、正月も無く働かされていたので少々、欝な萌兄です。

さて、皆さん年末年始はどうでしたでしょうか?メイドさんとの秘め始めは済ませましたでしょうか?

相変わらず世の中は不景気のまま、政治の状態も良くありませんね。
こんな世の中でどんな夢を見れば良いのでしょうか?目標を立てろといっても、何か仮に得たとしても、世の中全てが沈没してしまえば、その世の中で手にしていた物は何も意味を持たなくなってしまう。

社会人を続けていると、皆景気が良くなればとか、売り上げが上がればとかそういうことを言って無理している。無理して沢山仕事をして、沢山金を稼いで、沢山物を買って捨てて、沢山食べて、沢山クソをして、疲れ果ててさっさと死ぬ。それが我々の幸せなのだろうか?それが彼等の言う豊かな世の中なのだろうか?

これは、人にも優しくなければ、地球にも優しくない、次の世代にしてみれば迷惑な話だ。

彼等は、不幸を忘れるためにただ、がむしゃらに生き急いでいるようにみえる。いや、死に急いでいる。急いで死なないと自分たちが汚してしまった地球の責任を取らされるかも知れないのだから。

誰も、幸福を求めるために生きていない、不幸を忘れるために生きているような世の中だ、こんな世の中で夢を見るなんて、出来る奴が居たとしたら、そいつ等こそが、この世の中を壊してしまっている張本人だろう。

ただ、それでも、生きてゆくしかない。日本では毎年三万人以上もの人々が自殺している。子供や若い人たちの自殺も増えている。僕らは自分を忘れて、この壊れてしまった世の中を生き続けている。不幸を忘れる事が出来なかった不運な人たちが毎年大勢死んで行く、僕らは彼等に何かしてやれなかったのだろうか?ブログでこういうことを書いていたとしても、結局、僕も、僕以外のこの国の人も毎年三万人を見殺しにしている殺人幇助の人殺しだ。

でも、僕を含めて世の中の多くの人がぎりぎりの生活をしている。今にも倒れそうな人を見つけても、金銭的にも、時間的にも精神的にも余裕が無くて助けてられない、そんな世の中が、景気が良くなれば全て解決するだろうと彼等は本気で思っているのだろうか?



1月7日(木)12:08 | トラックバック(0) | コメント(0) | 社会 | 管理

物語の始まりと終わりと中間と。

さて10月末から11月初旬にかけては萌兄にとっていろいろな事を思わせるニュースが続いたのでそれについて少し話してみようカナとか何とか。

まず10月30日に思想家のレヴィストロース氏が100歳の長寿で亡くなりました。萌兄的にはかなり影響を受けた人物だったので残念な事です。

あと11月9日にベルリンの壁が壊されてから20年周年だったそうです。

どちらも西洋では結構なニュースになったそうですが、日本じゃイマイチでしたね。

でも、このイマイチさは日本固有のものとかではないと思います。

確かに、日本人は不勉強なところはありますが、何よりも、もう皆思想とかに興味を持たなくなってしまった事が原因なのではないかという事で。

例えば、今の若者に昔冷戦があったけれど、何でアメリカとソ連はいがみ合ってたのかときいても解らない人(テストの答え的なことをいえても思想の根底にあるものとかは解らないと思う)が多いだろうし、小泉政権で構造改革とかあれだけ言っていたけれど、その考え方の源流である構造主義の考え方を知ってる人は微々たるものだろうし、その第一人者といっても過言ではないレヴィストロースを知っている人はもっと少ないはずなのだ。

さて、冷戦が終わってこの世界から思想というものが負っていた一種の心のささえ、みたいな物が無くなってから20年経った、その後はアメリカ主導の自由主義政権による資本主義経済こそが正しい社会で、その中で豊かな生活をすることこそが、一種のイデオロギーとして一部の人を支えてきた。

でも、昨年の年末、大恐慌が起きた、まだどの国も立ち直れて居ないし、悪くなる一方だ。そんな社会に立たされている僕らの心境は、冷戦終結前夜の東側諸国の市民たちに似ている野かもしれない。

みんなお金儲けの哲学、スポーツで、芸術で、芸能界で成功している人の成功哲学みたいな本を読み漁って、自分もこうなれたらなと考える、期待できる世の中が嘗ては存在したのかもしれない、でもそれはもう訪れる事の無い未来なのかもしれない。成功すればどうにかなるとかそういうものではなくて、世の中全部が共倒れしてしまうんじゃないかと、それに皆気が付きはじめている。

成功できるかというより、生き残れるかどうかが危ぶまれている。20年前の東側諸国の人々は、そんな不安を何処にぶつけたか?そうベルリンの壁にぶつけたのだ。

あの頃の彼等にはまだ『ここではない向こう側』が存在した。こっちが駄目なら、向こう側に行けばいい。

でも、もう僕らには向こう側なんて物が無い。じゃあ、何処に行けば幸福な未来が待っているのか?でも、この20年間で幸福な社会を考え出すための『思想』という道具は錆付いてしまった。

物語は途中だというのに、僕らの物語はあまりにも先が見えなさ過ぎるし、見えやすくするための道具さえさび付いている。何処に亀裂があるか、何処に穴が開いているのか解らない。

20年前僕はまだ5歳だった。幼稚園の時、テレビで皆がコンクリートの壁をハンマーとかで叩いてワイワイやっている光景をテレビで見た事を覚えている。あの時僕はこの人たち何やってるんだろうと、とても不思議だった。

不思議に歓喜している大人達、彼等の未来は結局今に繋がっている。僕らの前には前よりもずっと破壊が困難な壁が聳え立っている。



11月12日(木)23:18 | トラックバック(0) | コメント(0) | 社会 | 管理

まんがまんがしい日々を。

お疲れ様です、萌兄です。

今年ももう残すところ3ヶ月をきったのであった。

今年の正月は明治神宮に行って色々今年の目標を考えたわけで。その三本柱が、婚活、住活、就活なのだが、相変わらず仕事が忙しくて転職どころじゃないし、紺活も同じ感じ、しかし、何故か住活だけ進展!

昨日家を買いに行ったのだった。

これからは萌兄は、ただのオタリーマンではなく、資産家のオタリーマンに変貌だ。

毎週住宅情報には目を通していましたが、偶然近所に超目玉物件を発見し、即購入を決意したのでした 貯金が趣味なので、こういうときに役に立ってよかったです。

これで残すところは、婚活と就活ですね、来年はあどちらから攻めるべきか?

ああ、久しぶりにポジティブな内容で、萌兄敵には不満は残りますがこんな具合で。



10月10日(土)11:11 | トラックバック(0) | コメント(0) | 社会 | 管理

このブログの処遇について。

さてさて、問題はどの辺りにあるかである。

そろそろ、このブログに皆さん飽きているのかな、いや違います。萌兄が飽きてしまっているのです。

先日の事です。いや、先日に限った事じゃない、暫らくあっていなかった友人と酒を飲む機会がありました、そうすると萌兄の事をヤツレたとか元気無いだとかそういってきたのです。

しかし、それは彼女に限った事でなく、他の人間に合ってもそのような事を言われるのです。もはや言いたい放題です。いや萌兄にしてみれば言われたい放題。

にしてみても、最近は会社にやられたい放題、傲慢になってゆく上層部。疲弊していく現場。そんな毎日の中でというより「損な毎日」と言ったほうが良いのかもしれませんが、最近の僕を見て、幸せそうだねと言ってくれるような方はもうこの世には居ないようです。

さて、何処からおかしくなってしまったのでしょうか?最初から萌兄は狂って居ますが、その狂った人格さえもはや追い詰められているという事でしょうか、最近は絵も文章も筆が一向に進みません、自分が何を表現したいのか解らなくなってしまっているのでしょうか?

婚活も進みません、住活も進みません、世の中はどんどん悪くなっているせいか、家族や友人の間でも暗い出来事が起こっています。それを救う事なんて、巣食う余裕なんて、萌兄で無くても、世の中の大多数の人がもはや持つ事が出来ない状態なのでしょう。

なぜ、こんな事になってしまったのでしょうか、だれがこんな事を望んだのでしょうか?皆で望んでこんな世の中を作ってしまったのでしょうか?

もう、何を書こうとも、もう世の中に、文学というものが力を持てた時代と違うような気がします。サルトルは飢えた子供に文学が何をしてやれるかと言いました。彼自身の思想が好きか嫌いかは別として、あの頃彼等は、文学が頑張る事で、社会を良くして、回りまわって困っている人を助けられると信じる事が出来たわけです。

信じる事が出来るという事ほど、幸せな事はありませんね、この国の文学は、もはやミステリー小説とか、話題本とか、ラノベの為にあるだけです。趣味のための文学しかもうこの国では受け入れられなくなってしまいました。

ニーチェは神は死んだ(我々が殺したのだ)と言いましたが、萌兄は文学は死んだとここで言ってやります。いや、我々が文学を殺してしまったのです。売れる本を売る。売れる雑誌を売る。文学の本質は売れるものを書くとかそういうことじゃ無かったはずです。

漫画もそうです、売れる漫画を描きたくて、みんな漫画家になるんですか?違うでしょ、自分の描きたい、描くべき漫画を描きたかったから漫画描きになったんじゃないの?

じゃあ、音楽は?映画は?その他色々あるかもしれません、でも、みんな何処かで間違ってしまった。世の中を変える為の文学を始めとするメディアが、世の中に服従し飼いならされ、世の中に都合のいい物には報酬が支払われる。そういう社会構造を我々は作ってしまった。

ああ、じゃあ、このブログはどうなのでしょう?来店数は依然伸びません、でも萌兄はそれでいいと思っています。萌兄の「メイドさん」を始めとする崇高な理念をつまらないけれど見てやるかと思ってくださる方だけがこのブログに集まればいいのです。皆さんは見にきても一向にコメントを残そうとはしませんが、それでもかまいません。

あと少しだけでも、何か、言葉ではなかなか言い表せないのですが、世の中を改善できる指標みたいな物を残せればと思うのですが、それには実力も時間も覚悟も萌兄にはたらなさ過ぎるのです。

先日、友人にも言われましたが、萌兄はいろいろな事を抱え込みすぎるところがあるそうです、でも、あなた方は、目の前で死にそうな人が居るのに助けようとは思わないのですか?この国の死にそうなというか、死んでしまった文学に何かしてやれる事は無いか、考えるのが、ものを書く人間の本来のスタンスなのではと思ったので、もうちょっとブログも続けようかなと思う今日この頃。



9月7日(月)18:08 | トラックバック(0) | コメント(0) | 社会 | 管理


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