兄目線でアニメ
 
アニメに対する、視点、論点、あと,メイドさんとか、自作PCとか、鉄道とか酒とかな話。
 



2007年8月3日を表示

第三章、『TV泥棒』②



幸い、レジは空いていて、スムーズに店から出ることが出来た。後は自らの足次第だ、駅の連絡通を近道にして、家路を急ぐ。曲がりなりにも人工授精の後だ、彼女もそう身軽には居られないはずだ、パンツを履くのにも手間取る始末。ほらあまり大股で歩くと、せっかく中に入れた種が零れてしまうぞ。

店を出てから、約八分。なかなかいいタイムじゃないか、これならまだ彼女は家を出ていない可能性だって有る。運が良ければ、パンツを脱いで、注射器を構えているところに出くわせるかもしれない。
久しぶりの全力疾走が、心臓の鼓動を必要以上に高鳴らせる。こんな時に魅力的な異性に出会ったら、恋に落ちそうだ、釣り橋効果っていうヤツ。人間の脳は、恐怖又は恋による鼓動の高鳴りを区別できるほど良くは出来ていないらしい。

「お帰り」いつもより快活な声。

彼女は、まだ部屋に居た。もちろん服も着たままで。裸で無かったので恋には落ちなかった。洗濯機が既に脱水のリズムを刻んでいる。
「ただいま。」僕は少し拍子抜けしていた。もともと心配性すぎる性分があるのだ、いい事も悪い事も先に予測済み、予想が当たっても意外性が無くて感動は少ないし、外れたりしたら、それこそ準備不足で酷く困った事になる。天気予報のような毎日。
「思ったより早かった、どお気分は?」
「良好とは言えないけど、悪くない。」
「さあ、料理して。私は作業を続けるから、」彼女は既に人形作りを再会している。昨日までバラバラだった、頭と胴体がつながっているところを見ると、人工授精を僕の外出中にしている時間的余裕は無いと考えても支障は無いだろう。

豚バラと白菜とざく切りにして土鍋に放り、料理酒を注ぎ蓋をして火を入れるこれで終了。煮立つ間に、白子の刺身を切り身にして、豆腐を冷奴にする。

さあ、飲もうか。土鍋の中身はもう食べごろだ。取り皿によそい、ポン酢をかけて、発泡酒を注ぐ。洗濯物を干しにベランダに出ていた彼女が帰ってきて「おいしそう、乾杯しよう。」僕らはビールで一杯のグラスを小突きあった。
彼女は、鍋から冷奴と箸を進め、合間合間に日本酒を口に運ぶ。さあ次は白子だ。彼女は徐に箸を伸ばし切り身を口に頬張る。舌の上でしばらく蹂躙した後、歯で甘噛みしながら嚥下してゆく、ちょっとした興奮と希望。

飲み始めたのは、十時過ぎだったけれど、結局僕らは昼過ぎまで一緒にグラスを傾けた。僕は飲むのを止めても、夢の中のことを思い出してしまい、その日は人形に指を触れる気がしななかった。
彼女はそんな僕に慰めの言葉も、皮肉も言わずにせっせと、すべてプログラムされたように、『自動的』という言葉が似合う手つきで人形作りに明け暮れる。まるで女性が子供を胎内で育てていくようなほどの自然さ。ぼくはその宿命的な指先を見つめながら、昨日よく眠れなかったせいか猛烈に襲い来る睡魔に耐えかね、昼間中ずっとうとうとしていた。



8月3日(金)15:07 | トラックバック(0) | コメント(0) | 私小説 | 管理


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