箱庭の風景① |
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| その家は郊外にあって、庭はそんなに広くは無いけれど上手に作られた箱庭のように整備されていて、とても好感が持てた。
僕は、その庭を一望できる家のテラスで昼間からビールを飲んでいる。五月の日差しはすがすがしくて、それがビールの炭酸とお似合いなのだ。僕は一口二口薄いビールを喉に流し込んでは、庭を眺めて、また一口二口飲む。こういったことをもう15分ほど続けているから、そろそろビールの大瓶が底をつきそうだ。
台所の方で音がする。氷をグラスに入れる風鈴みたいな音。「何を飲まれます?」僕はビールの後はウイスキーと言うふうにいつも飲み進めるので、向こうもそれを理解して気を利かせているのだろう。
「昼間だから、アイラモルトにジンジャエールを入れてハイボールがいいな。」少々難しい注文をしてみる。素人には家に50本ほどある洋酒のボトルの中でどのボトルがアイラ島のピートの利いた銘柄なのか見分けるのは不可能だろう。
「すみません、どれを使えばいいのか解りません。」正直な事はよい事だ、何か失敗をしていても正直に白状してしまえば、大体のことは丸く収まると最近思うようになった。「うん、いいんだ。やっぱりアイリッシュクリームをロックで欲しいな。」この酒は彼女も好きなので迷う事は無いだろう。すぐにロックグラスに注がれたコーヒー牛乳色の酒が僕の所に運ばれた。
「君も飲みなよ。」「いけません、庭の手入れが済んでないんですよ。」「これくらいじゃ酔わないでしょ。」この家を管理しているのは、今僕に酒を運んできてくれたメイドさんだ。そして僕はメイドさんの管理人。
僕はメイドさんを管理し、メイドさんはこの家と庭を管理している。つまりこの庭も僕は間接的に管理しているわけだ。
「昼間から飲むお酒は確かにおいしいですけれど・・・・」メイドさんは大した事でもないのに悩んでいるらしい。「口移ししてあげようか?」メイドさんの顔が赤くなった。
「魅力的ですけれど、まだ庭の手入れが終わって居ないんですよ。」僕は庭を眺める。特におかしいところは無いように思えるのだけれど、メイドさんはある種の数式に当てはめて庭の管理でもしているのだろうか?どんなバロメーターがそこに存在しているのか、僕には全く理解できない。
「ご主人様は、あんまり庭弄り好きじゃないですよね。」「だから君が居るんじゃないか。」「結構面白いんですよ。」僕は家事はできるけれど、庭の維持が出来ない。僕が庭を維持できるようになってしまうとメイドさんの立ち居地がなくなってしまう。だからこそ僕はこの庭に対して無関心でなければならないのだ。
この庭はメイドさんの生命線でもある、だから庭の維持に熱心になるのは当然の事だし、だからこそメイドさんは僕を庭に誘うという事はしてはいけない。そう思う。
続く
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6月24日(火)09:50 | トラックバック(0) | コメント(0) | 小説・文芸 | 管理
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