兄目線でアニメ
 
アニメに対する、視点、論点、あと,メイドさんとか、自作PCとか、鉄道とか酒とかな話。
 



第四章、『動物実験』②


 
 それはまだ、僕等が二人の出合ったあのアパートにいた頃の出来事だ。彼女は僕の部屋に日を増すごとに長く入り浸るようになり、毎日欠かさず「あたしと一緒に暮らそうじゃないか。」としつこく提案してくるものだから、一度は彼女を信じかけた僕の心にも再び警戒心というものが戻ってきてしまう。
彼女の口車と巧妙なテクニックと言うか罠(彼女は同居の提案をしながら、前かがみになり大きく開いた襟口から胸の谷間や足を組みなおしてミニスカートの下のふとももをチラチラ見せ付けてくるのだ)に引っかかりそうに成るのを、自分の中の倒れそうな理性を必死で励まして、彼女と自らの性欲の言いなりに成らないように何とかこらえる。これはなかなかの重労働だ。

「そもそも、何で、僕じゃないと駄目なのかな。別に同居の相手なら他にいるだろう。」床屋に行く金が無いので、彼女に髪を切ってもらいながら僕は聞いた。
 僕は髪を切るのが嫌いだ。髪を切っている最中ずっと動けず暇だから。床屋で切るときは、プロの技に見とれるし、スーピードも早いから、そこまで退屈はしないけど、僕はこういう人間だから、床屋の主人と髪を切っている最中、おしゃべりをしなきゃいけないのが苦痛なのだ。
 だから結局、どう転んでも僕は髪を切るのを好きになれないようだね。

 彼女は以外に上手に鋏を使う。彼女は自分の髪もある程度自分で切っている。彼女僕と同じで美容院が苦手らしい。
 「あたし、友達少ないし、友達も実家暮らしが多いしね。それに、あんまり知らない人と話すの苦手だから、君しかいないんだな。」

女の子に君しかいないと言われると、無性に嬉しくなるのが男の性。でもこれが向こうの罠。乗ってしまっては思う壺だ。
 「そんなこと言われても説得力ないな、僕のところに来た時だってそっちから色々話しかけてきたじゃないか。しかも君は今まで僕みたいな境遇の人たちに同じような事してきたんでしょ。」
 「あなた以外の人からはだいたい門前払いされたさ。君は人が良さそうだったから、ちょっと調子に乗れたんだと思う。」

髪を一通り切りそろえると、彼女は鏡を持ってきて僕に僕の顔を見せてくれる。僕は鏡の中をまともに見ないで「これでいいよ。」と一言だけ言った。
 どうせ僕には、どういう髪型が今の流行なのかとか、どういう髪型が僕に似合うのかなど、そういうことが丸っきし解らないから、そう言うしかないのだ。
 彼女は、洗面所に行って両手一杯に泡を作ってきた。ふわふわの泡、「呪いの人形、そうそう、髪が伸びる奴。怖いかもしれないけど、美容師のタマゴの人たちにはいいかも、ほら、あれがあれば練習台に困らないと思う。ははは、今にもさっきまで話してた事忘れそう。」
さて、何の話だったっけ?彼女は、僕の顔に泡を塗りたくり始める。これじゃどっち道、話せないから答えなくてもいいってことかな?

 彼女は自分の剃刀で僕の顔を剃り始めた。僕らはお互いに自分たちが血とか精液に関係する病を持っていないと知っていたから、特にこういうことに敏感になる必要はない。彼女の手つきはしなやかで、見る見るうちに泡は髭や産毛の残骸と一緒に大きなタオルに落ちてゆく。
 それでも、首筋の毛を剃られる時は少し緊張する。これは男と女の間の緊張感に似ているのかも、相手が信じられないと、何時食い千切ぎられるか、わかったもんじゃない。だからプロのレイピスト(そんなものがプロと呼べるかは解らないけど)は、犯す対象に口は使わせないらしい。
 剃刀の作業は終了した。これで散髪もひとまず終わり。後はシャンプーするならして、しないなら床に敷いた新聞紙の上で髪を払うだけ。

 「どうします?」彼女はそういいながら、自分の前髪を切り始める。「君も散髪終わったら、一緒にシャワー浴びない?」
 「まさか。」今日は少し暑くて、彼女の額には汗で、切ったばかりの髪屑が張り付き、新しいアートな模様を僕に示している。
「うーん、そうだな。」一瞬難しい顔をして、その後その反動で緩んだ顔に戻って彼女は「一緒に暮らしてくれるなら、一緒にシャワー浴びてもいいよ。」どうやら、こういうものを盾にして交渉ごとを進めるのに彼女は長けているらしいのだ。



8月10日(金)21:44 | トラックバック(0) | コメント(0) | 私小説 | 管理

コメントを書く
題 名
内 容
投稿者
URL
メール
オプション
スマイル文字の自動変換
プレビュー

確認コード    
画像と同じ内容を半角英数字で入力してください。
読みにくい場合はページをリロードしてください。
         
コメントはありません。


(1/1ページ)