兄目線でアニメ
 
アニメに対する、視点、論点、あと,メイドさんとか、自作PCとか、鉄道とか酒とかな話。
 



第二章、『脱皮』②



次の日、朝一番の大学の講義から下宿に戻った僕は、玄関前に立ち尽くす彼女を見つける。今日は昨日よりも少し楽な格好、ワンピース姿だ。紺色でもエプロンをつけても居ないのが何とも惜しい。

「おはよう、来るって言ったのに居ないから、困ってたよ。人形は進んでる?」と悪びれる様子も無く彼女は言った。どうやら、そんなに待たせたようではないらしい。下手に仮を作るのは危険だから、これからはもっと用心が必要かもしれない。僕はそんな計算をしながら、急いでドアを開けて、彼女の帰った昨日の午後に完成させた生首を掲げる。
人形の頭はだいたい子供の頭ほど、顔の輪郭を考えつつ、縫った肌色の袋に、綿を硬めに詰める。髪の毛のパーツも付けて、目や口、耳、首などのパーツも、もちろん既に装着済みだ。後はメイドさんらしくヘッドドレスを着ければいい。「意外と大きいな、もっと小さいの作るのかと思った。まあいいか、材料はこんなにあるし、じゃあ、あたしはそれを縫う。」彼女は肌色の生地を手に取ろうとしたが、僕は彼女に他の作業をしてもらうことに決めていた。
「いや、やってもらいたいのはこれじゃなくて、君にはこのウレタンを削って、乳の形を作って欲しい。」
「何で、」と彼女。僕は実際に女性と付き合った事も無いから、女性の体の服の下に隠された部分には詳しくないから作れないと説明すると、彼女は妙に納得したふうに、カッターナイフと鋏を持って、ウレタンを削り始める。僕はその様子を横目で観察しながら、胴体の製造に取り掛かる。
胴体はまず、人の胴体を正面から見た形で、厚い布を二枚合わせで袋状のパーツを作って、綿に布のハギレを混ぜて硬く整形する。それをベースに後から尻の膨らみを担当するパーツ、乳の膨らみを担当するパーツ、そして首や四肢をくくりつけ、最後に細かい部分を整形して、肌色の布をかぶせれば、裸の人形の完成。あとは専用の服を縫って着せてやれば立派な人形だ。

僕らは人形作りに熱中していたため、気づく頃にはもう午後二時を回っていた。
彼女はウレタン彫刻に苦戦しているため、僕は彼女から千円札を受け取って、僕がコンビニに行き、カップ麺とお握りを買って二人で食べた。「明日は、おでんがいい」と彼女が言うので、「明日も来るのか」と僕。今日は朝一番しか講義が無いが、明日は授業が結構詰まっているのだ。
「明日は、長く外出するから。」
「じゃあ、鍵を開けといてくれれば構わない。」
『その手には乗らない!』と喉まで出た台詞を僕は必死に飲み込んだ。ここで相手に不信感を与えるのは危険な事だ。しかしながら、このまま明日彼女だけこの家に残すわけには行かない。
彼女が疑いの通り詐欺師ならば、部屋の貴重品類が危険だし。そうでなくても、彼女には他人の部屋を探る癖がある。昨日、隠しておいたメイド服を見つけられてしまった前例があるし、こうやって姉が高額な商品を売りつけた家へ訪ねてきている時点で、姉の部屋にあるデータ関連のものを漁っているのは確実である。それは彼女が何かしらの、捜索本能を持っていることの明確な証拠だ。
さて、どうするか。痛くない腹を探られるのは、我慢なら無いことだが、だからといって、邪険に断るわけにもいかない。断れば絶対理由を訊かれるし、すると僕は嘘を付くのが嫌いなので、そのまま答えてしまうに違いない。そして僕の立場は更に悪化してしまう。

「どうかした?」
今の僕に出来るのは、ただ沈黙して作業を続ける事だけだ。
「私が信用できないのは解かってる。」
「君は学校に行かなくていいのかい?」図星の指摘に対する同様を勘繰られないために、わざと僕は話をそらした。
「一週間ぐらい行かなくたって、大学なんて平気。」
「僕は、大学を休むのが好きでないんだ。君もそんなこといわず、学校に行ったほうがいい。」
「優等生なのね。」
「まあ、これでも優秀な方かな。」
「信用できないなら、君が何か条件を決めてもいい。」

信用できない相手に条件を言ったところで、相手が信じられない以上、条件を遂行してくれるかさえわかったもんじゃない。しかし、向こうから曲がりなりにも譲歩している以上、何かしらのリアクションをしなければ、こちらが不誠実という事になってしまう。
沈黙という盾はもう既に奪われてしまった。
「いいよ、」以外にも先に口火を切ったのは彼女の方だった。「通帳でも判子でも、鞄に詰めていけばいい。でも、昼飯もあたしにたかるような分際の学生のそんなもの興味も無い。あたしはあたしの信念のためにここに来てる。姉が起こした事は私が収集つけないと眠れないから。それでもあたしが信じられないなら、吊ってある奴着てもいい。」と彼女は昨日の午後から人形のモデルとして、窓際に吊り下げてあったメイド服を指さした。

いよいよ、僕の立場は最悪の方向に転がり始めた。彼女がメイド服を着るという事は、昨日の僕らの会話を考慮すれば、僕らは抱き合う計算になる。抱きあうという事は、僕が完全に悪者になってしまう。いや、彼女の醜態をデジカメにでも撮って脅せば僕と彼女の力関係は逆転するが、彼女が恥に対して無神経なら意味を成さないし、それどころか警察に届け出を出されたら・・・それこそ終わりだ。法治国家で男ほど惨めな生き物は、誘拐されても窃盗罪扱いの爬虫類や魚類ぐらいなものだ。

「解った、別に着なくていい。明日は十時前に着てくれ、家に人が居ないのは、心配なんだ。留守番頼むよ。」
「ありがとう。」彼女は微笑んだ。僕は自分の無力さに呆れてしまった。彼女はそれからしばらくして、「乳を作り終わった」と宣言し帰っていった。彼女の切り出した乳形のウレタンは、とても愛らしい形をしている。彼女の乳房がモデルだろうか?

それを見ながら僕はなんとなく思う。きっと人は相手の全てを愛せないのだと、体の各パーツへのフェティシズムをパッチワークのように、繋ぎ合わせて、相手の全身を愛するなんて、きっと難しく体力も要る。それは人形を作る工程に何処と無く似ていた。



7月26日(木)21:14 | トラックバック(0) | コメント(0) | 私小説 | 管理

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