間違いようのない記号 |
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| 夕焼けが、ウイスキー色だとは僕も知らなかったから、その日の光景にはかなりの驚きがあった。
薄墨色にくすんだ積乱雲に夕日に成りつつあるオレンジ色まではまだ行かない黄色の混じった、その光が投影されて、さらに西の空に広がる紫の闇がその表面に陰影を加えている。
「バーボンウイスキーみたいに小麦色なのね。」メイドさんはそう言って、スコッチを飲み始めた。きっとあと数分もすれば、夕日は赤みを増して、空の色もバーボンからスコッチに変わっていくだろう。
「何ていうかね、こうしていると本当に残念に思うんだ、もし人類が言葉より先にウイスキーを作っていたら、この世界はもっと平和だったんじゃないかって・・・」
「確かに、同じウイスキーを一緒に飲んだ瞬間は同じ感傷に浸れる気がするな、言葉なんて単なる思考の近似値だけど、ウイスキーはそれ以上の繊細さで私たちに問いかけてくれる、きっとセックスした時より分かり合えるんじゃないかって。」
「つまらない話だね。」
「ええ、本当に。」
「でも、こんな話をしながら、君とウイスキーを飲むために僕は生まれたのかもしれないな。」夕日は赤みを増して、そのうち薄い紫の幕がその前面に何枚もかめられてゆく、そろそろ僕等がここに来た、目的も達成できる時間が来るだろう。
「亀を捕まえるのよ!」メイドさんはそうスタートの合図をする。
僕はモリを持って砂浜を駆け出した。こういう満月の夜に亀は、この辺りに卵を生みつける習性があるのだ。
「ほら、ご主人様。前方二時の方向に亀一匹捕捉、速やかな捕獲または捕殺を!」メイドさんもおっぱい揺らしながら走り出す。
まずは爆竹とロケット花火で亀を驚かせて、海に逃げないように牽制する、亀を水に近づけてはいけない亀は危険な生き物なのだ。
どざあっ、砂浜が破裂し亀が現れる。流石は亀だ、海から現れると見せかけておいて、砂の中から飛び出すとは・・・
「早くっ、先手必勝って言うじゃない!」メイドさんがロケット花火に火をつけて亀に向けて投げ放つ。
しゅぽ、しゅぽーっ、花火は亀を大きくそれ。パァーン、空中に閃光の花が咲く。
「これだから、メイドさんは・・・」僕は十分に亀に近づき、爆竹に日を点火し、直接亀に投げつける。
ハパパパパパパァーン!爆竹は亀の甲羅の上で破裂する。亀は少しばかり動揺した様子をみせたものの、すぐに調子を取り戻し、我々に向かい走り寄る。
「亀も大したものね、向こうから仕掛けてくるつもりよ!」
メイドさんがそう叫んだ時にはもう遅かった、メイドさんは亀のタックルをもろに受け砂浜に突っ伏した、そうだこれが僕の本当の目的だったのだ、僕は倒れたメイドさんの上に覆いかぶさった。
「もうっ、結局そういう事になってしまうのね。」メイドさんは諦めたように、それでも楽しそうに事を始める。亀はその横で産卵を始めた。今日は本当に見事な満月の夜だ。
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7月11日(水)21:35 | トラックバック(0) | コメント(0) | 小説・文芸 | 管理
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