空想実験 |
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| あれは街を歩いている時だった。急に降り出した雨から逃れるために、僕は狭いながらもアーケードのある裏路地に入っていった。
そこは、古い商店街の跡地で、今は風俗とシャッターの閉まった店しかない、昼でも薄暗い場所で、この街の人間は、よほどのことがない限り、近づこうともしないし、無論僕もその一人だ。
しとん、しとん、アーケードの天井は劣化が進み雨漏りしている箇所も多い。ここを向こう側まで抜ければ駅前の商店街の外れまで行く事が出来るが、例え昼であっても寂れて暗くその上、治安の悪いこの路地を一人で渡りきるには少々勇気が必要だ。
僕は後ろを振り返る。雨は全く止む気配がない。
この路地を迂回して駅まで行こうとすると、殆ど屋根のない道を歩かなければ成らない、傘がない以上、雨が止まない限り僕はここを通るより他ないだろう。
意を決して、僕は歩きはじめる。雨漏りのある部分は既に水たまが出来ているから、それを避けて進めば雨に濡れる心配はない、それにしてもまだ昼だというのになんて薄暗いところだろう、アーケードの天井に付いていた蛍光灯も明り取りの窓も、ろくにメンテナンスされていないせいで、路地内の光源は唯一ピンク色の風俗店のネオンぐらいだ。
しばらく歩くと、アーケードの中腹部分にたどり着く、そこは少しだけ道幅も広くなりちょっとした広場のようになっていて、僕が小さい頃などは、まだそこそこ活気のあったこの商店街のイベント会場に使われていた。
南北に流れるこの路地の広場の西側は小さな商店が何件かで構成されているのだけれど、西側は昔病院として使われていた大きめの建物がその面を独占している。
よく、遊園地に廃病院をモチーフにした、お化け屋敷などがあるけてど、これは本物だ。路地の商店街が廃れると同時に病院も閉鎖し、その後に一度この建物は病院っぽさを残したマニアックなラブホテルに改装されたが、幽霊が出ると噂が立って、その影響でラブホテルが潰れると、そのまま廃墟になり文字通り本当のお化け屋敷になってしまったのだ。
今でもよく、風俗帰りの客や、肝試しに着た不良が、お化けに化かされて、財布の中身をすっぽり取られてしまうという。
「今じゃ、お化けだって、お金なしじゃ暮らせないんだな。世知がないね。」何か喋ってみれば落ち着くとも思ったが、そうも行かなかった、なんせ、僕の目の前に現れた病院跡地は、いつの間にか綺麗に改装されてしまっているのだ。
ああ、化かされているんだ。僕は漠然と思う。最近のお化けは芸が細かいな、芸は身を助けるって言うけれど、幽霊にはもう「身」なんて残ってないというのに。
その建物の壁はクリーム色に塗られ、ピカピカに磨かれた窓ガラスからは中の光が漏れている。病的なこの路地のど真ん中にこんな健康的な場所があるだなんて、やっぱりおかしい、化かされてるなとは思いつつも、少し興味を引かれて、建物の前で立ち止まる。
「メイドさんポスト」看板にはそう書いてある。僕はメイドさんが好きだから、その看板を見てちょっとだまされてもいいかなと思い始めている。
幸い今日はキャッシュカードも免許証も財布に入れていない。中身が数千円だけしか入っていない財布なら、中を空っぽにされてもそこまで困らないだろう。
長く成っちゃったので、続きは今度。
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7月15日(日)18:48 | トラックバック(0) | コメント(0) | メイドさん | 管理
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