兄目線でアニメ
 
アニメに対する、視点、論点、あと,メイドさんとか、自作PCとか、鉄道とか酒とかな話。
 



第三章、『TV泥棒』⑦



街はネオンでキラキラしている。居酒屋に駆け込んで生中を二つ、「おまちどおっ」店員がサッポロ黒ラベルのジョッキを机にたたきつける。僕らはビールを前に我慢できる性分じゃないから、もしかしたら、おわづけが出来る犬より出来が悪いのかもしれないから、テレビについて様々な思想をめぐらす事自体、勘違いの鈍感すぎる被害妄想なのかもしれない。

僕らは、ビールを飲み終えると、我先にと新しいグラスを頼む、二人で別々の焼酎を頼んで、半分づつ交代で飲んだりしても、別に変な気はしなかった、僕らは良い友人になれたのかもしれなかった。
友人との楽しい酒の席、三杯目のグラスを空けたとき僕は何となくデジャブのような感覚に襲われる。そして彼女にある事を聞かずにはいられなくなる。彼女には性行為のパートナーがいるのかどうかと?

「彼氏とかは居ないな。」面白い聞き方するなと彼女は笑う。下ネタを話しても飄々としている女性には何となく好感を持って信じてもいいかなと気を許してしまう「確かに恋愛と性行為は本来、離れた存在なのかもしれない。」
「そうなんだよ!」と僕は自分でもビックリするくらいの声で彼女に同感の意を表した。僕だって恋をしたことが無いわけじゃないんだ。本当に好きだなって思ったことがあるし、だから頑張って告白もしたよ、でも子供だったからね、ちょっと失敗しちゃったんだ。

「身の上話か、聞くよ。続きを頼みます。」こくり、こくりと相槌をする彼女。
「告白についての詳細なんてつまらないものさ、花束差し出して好きですって言ったんだ、すると彼女何ていったと思う?『花が好きなの?』だってさ、それであわてて彼女に花も好きだけどキミも好きなんだけどって言ったら『ええっ!』って驚いてさ、もう二人で混乱だよ。それで暫くして『キミの気持ちにはこたえられないな』って彼女が泣きながら言って、ああ僕は女の子を泣かせてしまったんだなって、漠然と思ったら、涙が出たよ。しかもその時に僕等が居た喫茶店のマスターが気を利かせてアナログ盤を取り出してさ、名に流したと思う?ユーミンの『あの日に帰りたい』なんか流すもんだから、あんまりにも演出過多すぎて二人で泣きながらクスクス笑っちゃったよ。テレビドラマで起こるようなことなんて本当に馬鹿らしい事なんだって。」
「ふふっ。面白い面白い。」彼女は焼酎を一気に煽ると店員向かって「注文お願いします!」と叫び、僕に向き直って「それでどうなった?」

「どうにも成らないよ、振られてその話は終わりさ。でも失恋のショックって面白いもんでね、高校の地学で地震について習った時にP波とS波って習ったの覚えてる?」
「ええ、あたし去年受験で地学使ったから、地震の震源地から最初に来るのが微震動で動きの早いP波でそれは人間の感覚では殆ど感じられないけれど、その後のS波はスピードは遅いけれども強力で、体で地震と認識できるってやつでしょ。」
「そうそう、失恋のショックもそれに似てるかな、最初はそこまで辛くないなってあんまり涙も出なかったんだけど、二日目の夜に急に死にたくなるほど酷い気分になって、友達の女の子に泣き言を聞いてもらったこともあったっけ。」
「意外と可愛い所もあるんだな。」
「けれど、だんだん気持ちなんて生ものみたいに鮮度を失うと、失恋のショックも薄まるし、相手の事が本当に好きだったのかさえ解らなくなってしまう。でもあの時は本当に好きだったんだ。彼女に早く会いたくて、帰省先の実家から予定より早く下宿に戻ったし、プレゼントしたくてバイトもしたんだ、そういう状況証拠からあの時、僕は彼女の事を本当に好きだったんだって思うんだ。それでさっき話したように告白もしたよ、でも、失敗して正解だったんだ、僕は彼女の恋人になってからどうしようって計画を、せいぜい『手を繋ぎたい』ぐらいしか考えてなかったんだ。
本当に意外だよ、あの頃は今より若かったから、性的な事に今よりずっと貪欲だったはずなのに、心と体の恋がアンバランスだったのかな。彼女とキスしようだとか、ましてやそれ以上の事なんて全く思いも付かなかった、人を好きになるって本当に不可思議な事だなって、後から驚いたよ。君がさっき言ったとおり恋愛と性行為はばらばらの事で、たまたま多くの人は丁度、恋人が性行為をする上で身近な異性だから、そうしているだけということなのかもしれないな。」

「お待たせしました、ご注文をどうぞ。」
「揚げ出し豆腐と剣菱燗で、あと疲れたからジントニックを、あなたは欲しいものある?」
「そうだな、蕨餅とフォアローゼス、ロックで。」
「かしこまりました、それではご注文繰り返します。揚げ出し豆腐と、剣菱の燗、ジントニック、蕨餅、フォアローゼスロック以上でよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします。」
「それでは、ただいまお持ちしますので、少々お待ちください」少々と言われても、居酒屋って結構待たされるのだ。

「うん、ごめん、話が途切れてたね。まあ、きっとこの命題はある程度正しいのかもしれない、あたしらはちょっと似たものっていう風情があるね。」店員が去って、急に真面目な表情の彼女、空のグラスの底をじっと見詰めている。
僕は、胸を撫で下ろしていた。今、僕の目の前に居る彼女は少なくとも僕の目の前で自分達だけの密室を見せびらかしたりはしないのだという確信がもてたからだ。
「そうだ、日本酒頼んだんだから、白子の刺身も頼めばよかったな。」

もしかしたら、彼女は信じていい存在なのかもしれない。いや、TV泥棒達なんかよりずっと信用できるはずだ。

それから二時間、僕らは居酒屋で酒を飲んで、その後一晩中カラオケ店で歌いまくった。夜を象徴するような、艶っぽいメロディーの伴奏の流れる明かりの絞られた真夜中のカラオケボックスに居ると、僕らはスープに食パンを浸したみたいに、本物の夜に浸ってしまうような気がした。



8月8日(水)09:30 | トラックバック(0) | コメント(0) | 私小説 | 管理

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