兄目線でアニメ
 
アニメに対する、視点、論点、あと,メイドさんとか、自作PCとか、鉄道とか酒とかな話。
 



私小説
~説明~
萌兄の私小説

第三章、『TV泥棒』⑥

彼等は、そうやって、忙しい僕らの代わりに、ニュースごとに、ご丁寧にも感想を並べ立ててくれる。作り物の怒りと感動をね。
「確かに、あの人たちは、あんまり馴れ馴れしくて、なんだか画面の向こうから髪を撫でられてるみたい、気分悪いな。」
 「ニュースの本質は解ることで、感じさせられる事じゃないのに、彼等は僕らが幼稚園生とでも思っているのかな、そんなふうに見下されてるのなら、本当にたまったもんじゃない。僕らは大人で、ニュースの内容さえ教えてくれさえすれば、ちゃんと感想ぐらい自分で考えられるのに、彼等はそれさえ許してくれない、こういう事件のときは悲しみまょう。こういう出来事には怒りで答えて、このお笑いタレントのネタでは笑わなければなりません、10代同士のデートでは東京ディズニーランドに行き、20代同士のデートでは原宿にウインドウショッピングに行くのが常識です。
彼等は僕らの感情や娯楽にまで干渉しようとしてきてるのさ。せっかくテレビを僕らは高い金払って買って、テレビの所有権を得たって言うのに、テレビ局なんていい加減なもので自分の好きな番組しか流さない、いや何か意識的に国民の価値観を操作しているに決まってるんだ、そうだよ所有されているのはこれじゃ僕等のほうだ。

そうさ、僕は何で人はレストラン、居酒屋に行くのか?家でだって飲み食いできるし、もっと安く収める事が出来るじゃないか、問題はテレビなんだ。ちゃんとした居酒屋にはテレビは無いんだよ。現代人はテレビが無い空間を無意識に求めているんだ、価値観の洗脳を受けない空間を。アルコールが支配する酔狂の国。
近代国家が成立し、常識と道徳が共通化した社会において、近代人は時計に支配を受けはじめ、時計から離れるために隠遁生活を送る人間もでてきたけれど、現代人はなんと言ってもテレビから逃れるのに必死なんだ。
「流行ってない居酒屋とか大衆食堂って、テレビが置いてあるから何となくいたたまれないんだな。」
 よく電気屋で営業目標立てているけど、そんな陳腐な話はないよ、だってテレビが売れるかどうかなんて、電気屋の問題じゃなくて、テレビ局の問題さ。
 でも悔しいけど結局、家にテレビを置かないわけにはいかないんだ。憲法にだって文化的な生活の保障のためテレビを家に置けと言ってる。そして家に居たらテレビを見ないわけにはいかないんだ、だって、テレビはもう其処に置かれてしまってるんだから。

 「で、どうするの?リモコンはキミのすきにしていいさ。」と抑揚の無い声。話が長すぎたかな、ちょっと機嫌を損ねてしまったらしい。もしかしたら、彼女は見たい番組でもあったのかもしれない。
「どうするたって、どうしようもできないじゃないか、テレビがあるんだ、世の中にはテレビも買えない貧民だって居るんだぞ、彼等に報いるためにも、テレビに電源を入れてやらないといけないんだ、例えどんなに番組がつまらなくてもね。」
「そんなに見たくないなら簡単じゃない、見なきゃいいだけじゃないか。無事娘も生まれた事だし、テレビの無いところにでも飲みにでもいこうか。」そう彼女は言って僕を街に連れ出した、どうやら、機嫌を損ねたわけじゃなかったらしい。



8月7日(火)08:56 | トラックバック(0) | コメント(0) | 私小説 | 管理

第三章、『TV泥棒』⑤



朝、目覚めると頭が痛い。どうやら昨夜は彼女と話している間に酔って眠ってしまったらしい。時計を見ると午前10時を回っている。
「おはよう。」

彼女はメイド服のまま、机に座ってコーヒーを啜っている。「コーヒーに少しだけスコッチを入れるのがおいしいんだ。」
「あの、昨日は強姦されたりしなかったかい?」どうもアルコールのせいで記憶が曖昧だ。

「あたしも途中で寝てしまったから解らないな。次の生理までこの問題の回答は保留ね。」彼女はコーヒーを飲み終わると早速作業に取り掛かる。ミシンの前には、もう小さめのエプロンが半分完成していて、後はフリルをつけるだけだ。「君も早くワンピース作って。あたし、これが終わったら、一度家に帰るから、そのあとこの子の下着を縫ってあげる。」
どうやら、作業が順調に進みさえすれば、今日で全ての工程が完了しそうである。

僕は、何となく淋しいと思って、ワンピースを作る手つきを鈍らせる。それでも彼女の作業は一貫してきびきびと進み、僕が朝の支度をしている間にエプロンを完成させ、一度家に戻り、昼前には再び僕の部屋に押しかけて、ミニチュアのブラジャーとパンティ、ガーターベルトストッキングを一気に作り上げてしまう。
日が沈みかけた頃、僕のワンピースも終に完成してしまい、彼女が人形に服を着せてゆく。丁寧に丁寧に、まるで自分の子供に服を着せるみたいに。最後にカチューシャをつければ、立派なメイド人形の完成だ。
「終わった、終わった。お茶でも煎れようか、そういえばずっと作業してたから、つけてなかったけど、テレビでも見る?」
「辞めてくれ、テレビなんて見たくないさ。何でテレビなんて・・・それに茶は小便に行きたくなるから遠慮するよ。」僕は男の癖に人一倍トイレが近いのだ。そのせいでいつも飲み会では、せわしなく五分に一度ぐらいのペースで用足しに立たされる有様だ。

「ふん、じゃあ何でテレビが在るのさ、しかもビデオデッキまで。」
「選択のためさ、見たいものだけを見る。僕が選んでやってるんだ。連中ときたら好き勝手にくだらない番組ばかり。それでも皆見るしかないんだ僕らは生まれた時からテレビに囲まれてるんだからね。」

例えば、マクドナルドってのがいい例だよ、お子様セットを安く販売して、親はメシ代が安く済むし、おもちゃも付いててこどもが騒がないから、子供たちに沢山食べさせる。するとお子様セットでその時に店が元を取れなくても、大人になっても子供の頃からハンバーガーを食べ続けた子供たちは一生マックのお得意様になるんだ。長い目で見れば元は取れるって話さ。 
テレビも同じさ、子供の頃から、アニメやらお笑いバラエティー番組を見せ続けて、テレビ無しでは生きていけない大人を作るんだ、マスコミ、芸能界の放送する番組を面白いと思える人間を作り、番組はますますテレビ局と有力芸能プロダクションの連中の内輪で騒ぐものになってゆく。
それが、ただ視聴率を稼ぐ為にされているのならいいよ、でも僕は友達を題材にドキュメンタリーを撮ったことがあってね、Kっていう友達なんだけど、すこし子供っぽいというか、独特のキャラでね、面白いからビデオカメラ片手に追っかけたのさ、でも結局そういう足で稼ぐ取材なんかで作品の方向性が出てくるわけじゃないんだよ。字幕とかBGMとかそんな簡単なもので内容は一変してしまう、それからというものニュースなんてろくに見れないよ。
しかも、最近のニュースにはコメンテイターという連中が寄生して、何だかんだニュースに対して自分の意見を言ってくる。連中だけならまだしも、今時のニュースキャスターは、そういった寄生虫連中に感化されて、自分たちも評論家気取り、そしてニュースは只のショービジネスに成り下がってしまったのさ。

 世田谷で子供が車に轢かれました・・・悲しい事件です、子供の母親の気持ちを考えるとやり切れません、国はもっと制度を整えるべきなのです!

 農政大臣の政治献金横領発覚・・・ねぜ、国民の代表であるべき彼等が、このような非道徳的な犯罪に手を染めてしまうのでしょう、国民はもっと目を光らせるべきです!

 東南アジア、レイテ島で大地震、死傷者、行方不明者多数・・・何と痛ましい事件でしょう、この番組では、この災害に対する寄付金を募集しています、以下の電話番号に。



8月6日(月)09:32 | トラックバック(0) | コメント(0) | 私小説 | 管理

第三章、『TV泥棒』④

※ 

よく、満員電車に乗り込むと、女性と体を密着してしまう時がある。あの感触。自分より二度ほど高く感じる体温、表面は柔らかいというのに、内部に骨格が通っていて、確かな反発がある。想像以上の感触、もし、お互いに服を着ずに密着しあったら、あまりの快楽で気が狂ってしまうだろう。
僕はベットを彼女に譲り、寝巻きには我が家で唯一の女性用の服といえるメイド服を支給した。風呂上りのメイド服姿の彼女は、前に彼女がそれを着たときに比べ数段、艶っぽく魔力が篭っているように見える、やはりメイド服の下に下着を履いていないせいだろうか、彼女曰く「風呂上りに古い下着を着るのは嫌だ」という事らしいが、何のために下着を着ていないということを宣言したのか僕には理解できない。
もしかしたら、誘っているという奴か・・・くそ、気が変になる。僕は、部屋に作り付けのワンドア冷蔵庫から氷を出して、コップに落とす。焼酎を注いで、それを飽きるまで何杯も飲む事にする。三杯目を飲んだ辺りから、気分が良くなり、五杯目の時には、彼女のベットにもぐりこむ。
 
「ねえ、君結構料理作るでしょ、こんな小さいキッチンじゃ、料理作るの楽しくないんじゃないかな?」彼女のあまりにも性的でない質問は、このシュチュエーションにはあまりにもミスマッチだ。
「そうだね、だから時々思いっきり料理したい時なんかは、友達の家に行ってマーボーナスだの回鍋肉だの作るんだよ、中華は火力が一番だからね。
「あたしの部屋の台所も狭くて、特に冷蔵庫がここと同じでワンドアの直冷式だから、容量は少ないし、野菜は油断してると凍るし、時々霜取りしなきゃならない。それに何より姉が料理もろくに出来ないくせに、よく台所汚すのよ、やんなっちゃう。」
「確かに霜取りは面倒だな、最低でもツードア式のファン冷却タイプの冷蔵庫が欲しいなぁ。」
「一緒に家でも借りて、住もうか、そうすればツードアのファン式の冷蔵庫置がける。」
「僕たちは恋人同士じゃないからな・・・白状すると僕はまだ君を詐欺師じゃないかって疑っているんだ。だって動機に説得力が無いじゃないか、姉の過ちの尻拭いだとか、大きなキッチンが欲しいとか、そんな理由でよくも知らない男と同じベットに入るだなんて、全くおかしな話じゃないかい。」
「あなたが思ってるほど、現代の『性』ってものの値段は高くないんじゃないかな、例えば今じゃスーパーマーケットでもコンビニでも避妊具の一つや二つ売ってるしね。」
「そうかもしれない、でも、それならなおさら、君を信じる訳にはいかない。スーパーマーケットで売っているような約束なんて、信じるわけには行かないんだよ。」
「別に、信じてなんて言ってないよ、これは単なる提案。なんなら少し譲歩したっていい。一緒に暮らしてくれたら、あたしは家に居るときはこの服のままの服でいてあげてもいいよ。悪くない条件じゃないかな?」
「一体、何を望んでいるんだい、ますます怪しいよ。」
「白状しようか、」
「僕が好きなのかい?」僕は、彼女の二の腕を勇気を振り絞り触ってみる。
「残念だな、何ていうかな好みのタイプってあるじゃない、悪いけれどキミはそれに当てはまらないんだな。こうやって、隣に寝ていても、二の腕触られても、ドキドキしないし、だいたいこの人だって思う人には、出会ったときにピンとくるものがあるじゃない。」
「結局君は、遺伝子の作り出すエゴに操られてるだけなんだよ。好みのタイプが一目で判断できるってことは、この異性と交配すればいい子孫に恵まれるという野性的本能の表れに他ないんだ。例えば僕の場合、家の家系は貧乳の家系だから、僕はそういった遺伝子的な偏りを解消するために、遺伝子から、おっぱいの大きい女の子に好感を持つように命令されているんだと思う。」
 「ははは、じゃあ君はあたしがタイプの異性だって言うの?」メイドさんは少し大きめの自らの乳房を横で寝ている僕の腕に、わざとらしく押し付けながら笑った。その二国間の停戦ラインの緊張を破るような行為に僕は宝くじに当選したような、勘違いな悦びと戦慄を感じるも何とか平静を装う事に成功する。
 「まさか、メイドさんは異性じゃないよ、僕は男だからね、僕にとって異性ってのは人間の女性だけじゃないか、君はメイドさんだろう、奴隷なんだ。奴隷は人間じゃないんだよ、思い上がるのもよしてくれないか。」
 「ふん、じゃあ、そんな奴隷に欲情する君はよっぽどの気違いって事になるのかな。」
 「ああ、そうだな。でも世の中にはそういう変態的性衝動というものがあってもいいんじゃないのかな?」
 「どの道、そんなんじゃ、いい子供は生まれないよ。」
「その通りさ。現に僕らの娘のお人形なんて、全身麻痺の子供と同じようなものじゃないか。」



8月5日(日)09:17 | トラックバック(0) | コメント(0) | 私小説 | 管理

第三章、『TV泥棒』③



彼女の指先の前では、昼も夕方も糸も簡単に簡単に過ぎてしまい、窓ガラスの向こうは暗くなった。時計を見るともう午後八時近い。何か作ろうか?冷蔵庫の中には冷凍うどんがまだあったはずだ。
「作業に夢中になると、時間の感覚が壊れるんだ。確かにお腹すいたな。」僕は冷凍うどんを昼間作った鍋の残り汁に入れて鍋焼きうどんを作った。彼女は食べながら、考え事をするような目で人形を見ている。
人形には既に手と足が縫い付けられ、尻の丸みをつけるパーツも足と供に付けられている。後は胸と胴体部分に皮膚といえる手足と同じ、肌色の布を縫い付ければ、人形本体は完成だ。

「もう少しなんだ。今日は完成するまで居るつもりだけど。」食事を終えると彼女は直ぐに作業に戻った。僕は土鍋を洗い終えると、人形に着せるための服作りを始めた、人形自体が怖くても、人形に着せる服は怖くない。まるで女性恐怖症の男が、女の服にだけは特別に執着を持ち、女装趣味に走ったような境遇だ。
フェティシズムとはやはり無機物に愛を感じる僕のような人間にこそ相応しい感性だ。

それからというもの僕らは互いの作業に没頭し、会話もしないので、狭い部屋の中に響き渡るのは、人形の服を縫うミシンがけの音だけだ。
一定のリズムが空間を支配する。しかし、この均衡のとれた時間が何時までも続いてくれるわけじゃない、夜が更け、次の日になったあたりで彼女は作業を終える。

ベツトに子供の背丈ほどの全裸の人形が寝そべっている。背丈は子供だというのに、胸や尻の形は女のもので、思春期の男が求める象徴的な形といえるかもしれない。
「さあ、帰ろうかな。」
「いや、こんな夜に女性一人で外に出るのは危険というものさ、電車だってもう殆どないし・・・。」
「でも、ここに居た方が、危険な気がするな。あなた、私に気でもあるんじゃない?」彼女は、からかいを全く含まない抑揚の無い言葉遣いでつづける「あたしは、博愛主義者なだけなんだよ。」
「君こそ勘違いしている!」僕は彼女の言葉に憤る。そりゃ今日は朝から色々優しくされたり気を使わせたりしたかもしれない、そのことで僕が彼女に何かしらの好感を持つという事はありうることだ。けれども、僕が君に気があって、しかも手を出しかねないだなんてそんな発想の飛躍は止して貰いたいもんだよ、いやむしろ君のほうが僕に気があるんじゃないのかい?
今朝だってキミは僕の夢の中までぬけぬけと侵入して・・・知ってるかい、精神分析の医師やイタコ巫女、占い好きのOL達の間で囁かれているうわさでは、夢の中に知り合いが出てきたときは、夢に出てきた相手の方が夢を見ている相手に会いたがっている証拠なんだとよく言っているじゃないか。
 「やだ、自意識過剰もいいとこ。それに今朝の夢ってことは・・・あなたはあたしを抱いた夢で夢精したってことか、ゾッとするな。」
「だったらどうだって言うんだよ、気分が悪いのはこっちの方さ、夢の中だってキミは僕を騙して交わろうとしてきたんだぞ、僕は自分からキミを抱いたわけじゃないんだ、逆レイプもいいところさ。確かに、君がその気なら、僕もぞんざいに拒絶するなんてことはしない。でも条件があるよ、僕は無機質にしか性的欲情を示せない体質なのさ、ダッチワイフの夢で発情するほどだからね。よって君と交わるためには君に人格を放棄してももらわなければならないんだ。いや難しい事じゃないよ、君もお気に入りのそのメイド服、それを着て僕に擦り寄ればいい、胸を僕の腕に押し付けて、唇を頬に寄せる。君はもう奴隷で、僕の所有物だ、それだけでもう後は、原始の時代からオスとメスが繰り返してきた、プログラムに基づいた行動が僕らを待っている。けれども、ここでも誤解して欲しくは無い、あくまでも僕から君を抱こうなんて決して考えちゃいないんだ。」
「無機物が好きなら、ベットの上のあの子と交わればいい。」
「バカいっちゃいけない。」そう口では否定しながら、今朝の夢の内容に背徳的なものを感じつつも僕は続ける「この娘は僕ら二人の子供みたいなものじゃないか、僕は近親相姦の趣味は無いね。」
「ははは、あたしはあなたの妻か、面白い。妻なら一緒に寝るのもいいかもしれない・・・お風呂借りていい?」
「寝巻きはどうするんだ?ベットだって狭いじゃないか、二人で横になんかなったら相手が邪魔で寝られたもんじゃない。」
「裸で、重なって寝なければいい。」
「君、もしかして、てんびん座かい?」
「ええ、何か不都合でも?」
「母親がてんびん座でね。てんびん座の人間って、移り気が激しいんだってさ、何時も右と左に揺られて迷い続けるそうだ。」



8月4日(土)14:36 | トラックバック(0) | コメント(0) | 私小説 | 管理

第三章、『TV泥棒』②



幸い、レジは空いていて、スムーズに店から出ることが出来た。後は自らの足次第だ、駅の連絡通を近道にして、家路を急ぐ。曲がりなりにも人工授精の後だ、彼女もそう身軽には居られないはずだ、パンツを履くのにも手間取る始末。ほらあまり大股で歩くと、せっかく中に入れた種が零れてしまうぞ。

店を出てから、約八分。なかなかいいタイムじゃないか、これならまだ彼女は家を出ていない可能性だって有る。運が良ければ、パンツを脱いで、注射器を構えているところに出くわせるかもしれない。
久しぶりの全力疾走が、心臓の鼓動を必要以上に高鳴らせる。こんな時に魅力的な異性に出会ったら、恋に落ちそうだ、釣り橋効果っていうヤツ。人間の脳は、恐怖又は恋による鼓動の高鳴りを区別できるほど良くは出来ていないらしい。

「お帰り」いつもより快活な声。

彼女は、まだ部屋に居た。もちろん服も着たままで。裸で無かったので恋には落ちなかった。洗濯機が既に脱水のリズムを刻んでいる。
「ただいま。」僕は少し拍子抜けしていた。もともと心配性すぎる性分があるのだ、いい事も悪い事も先に予測済み、予想が当たっても意外性が無くて感動は少ないし、外れたりしたら、それこそ準備不足で酷く困った事になる。天気予報のような毎日。
「思ったより早かった、どお気分は?」
「良好とは言えないけど、悪くない。」
「さあ、料理して。私は作業を続けるから、」彼女は既に人形作りを再会している。昨日までバラバラだった、頭と胴体がつながっているところを見ると、人工授精を僕の外出中にしている時間的余裕は無いと考えても支障は無いだろう。

豚バラと白菜とざく切りにして土鍋に放り、料理酒を注ぎ蓋をして火を入れるこれで終了。煮立つ間に、白子の刺身を切り身にして、豆腐を冷奴にする。

さあ、飲もうか。土鍋の中身はもう食べごろだ。取り皿によそい、ポン酢をかけて、発泡酒を注ぐ。洗濯物を干しにベランダに出ていた彼女が帰ってきて「おいしそう、乾杯しよう。」僕らはビールで一杯のグラスを小突きあった。
彼女は、鍋から冷奴と箸を進め、合間合間に日本酒を口に運ぶ。さあ次は白子だ。彼女は徐に箸を伸ばし切り身を口に頬張る。舌の上でしばらく蹂躙した後、歯で甘噛みしながら嚥下してゆく、ちょっとした興奮と希望。

飲み始めたのは、十時過ぎだったけれど、結局僕らは昼過ぎまで一緒にグラスを傾けた。僕は飲むのを止めても、夢の中のことを思い出してしまい、その日は人形に指を触れる気がしななかった。
彼女はそんな僕に慰めの言葉も、皮肉も言わずにせっせと、すべてプログラムされたように、『自動的』という言葉が似合う手つきで人形作りに明け暮れる。まるで女性が子供を胎内で育てていくようなほどの自然さ。ぼくはその宿命的な指先を見つめながら、昨日よく眠れなかったせいか猛烈に襲い来る睡魔に耐えかね、昼間中ずっとうとうとしていた。



8月3日(金)15:07 | トラックバック(0) | コメント(0) | 私小説 | 管理


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