兄目線でアニメ
 
アニメに対する、視点、論点、あと,メイドさんとか、自作PCとか、鉄道とか酒とかな話。
 



私小説
~説明~
萌兄の私小説

第四章、『動物実験』④



「今日からもう、あたしは君の奴隷なのか。」
そうさ、君はもう僕の前じゃ人間じゃないんだ。人間扱いされない奴隷なんだからね動物実験されたって文句は言えないよ。
動物実験というとあのパブロフの犬が有名だね。パブロフの犬ってのは、ロシアの生理学者パブロフが時分の飼い犬に行った実験でね、まず、犬にベルを聞かせて犬にエサを与える。犬に限った事じゃないけれど、食べるときは口から唾液が出るわけだ。そんでもってベルの音を聞かせながらエサを与え続けているとあら不思議。やがて犬はベルの音を聞いただけでエサが貰えると思い、唾液を出すように成るそうだ。
 まあ、この実験から、条件反射ってものが発見されたんだけれども、これを君でやったらどうなるかな?
例えば君はベッドで寝かされている。そのベッドの横には赤く塗った電球を仕込んだ電気スタンドでも置いておこうか、僕がその電気スタンドをつけると部屋は赤く照らされる。その後に僕は決まって君を犯すんだ。それを何回も何回も続けるとどうだろう、君は何時しか赤い光を見ただけで発情し濡れる生き物に早変わりさ。

「犬よりネコがいいな。」彼女は箪笥を漁りながら呟いた。

そうか、ネコか。猫の実験なら、シュレーディンガーの猫っていう思考実験があるよ。この実験は量子力学っていう、よく解らない学問の実験なんだけど、実権自体は結構簡単でね。まず箱を用意して、その中に猫と猫を殺す機械を入れて蓋をして中を見えないようにする。猫を殺す機械は、何か難しい機構の装置なんだけど、要するにいつ猫を殺すかは誰にも解らないランダムに作動する装置であることが大切なんだな。
さてこれで実験環境は整いました。整ったと同時にこの実験はもう終わっているといっても過言じゃないわけで、つまりこの実験で言いたい事は、猫が何時殺されるのかわからない状態で箱を開けない限りは、中の猫が死んでるか死んでないか箱を開けて観察する魔で判断できない以上、それまでは猫が生きている事実も、もう死んでいる事実も、確立の上でしか双方ともありえないって事なんだよ。

「何か難しいのはなしだな。」僕が説明に夢中になっている間に彼女はもうメイド服に着替え終わっている、なんと言う早業。着替え姿が観察できなかったのが悔やまれる。
難しくなんか無いさ、もっと簡単な例えにすれば理解しやすいよ。例えばワンピースのスカートを履いている君が、パンツを履いているかどうかなんて外からじゃ解らないわけだ。こちらから観察できない以上、量子力学的に考えれば、君がパンツを履いている事実と履いていない事実は現在同時に成り立っているといえるわけだよ。パンツの存在を確定させるためにはスカートをめくってみるしかないんだ。
 そう僕が言いきると、メイドさんは、何も言わずに・・・スカートの裾を引き寄せると僕の手にそれを持たせた。「どうぞ。」親指と人差し指に挟んだ紺色のスカートの裾は僕にとっては切符みたいなもの。これを上手く改札に入れさえすれば、僕は彼女に乗ることが出来る。

いや、スカートめくりなんて今時の中学生だってやりはしない。僕はおちょくられているのだ。「何でそんなに警戒するのかな、もしかして、まだあたしが詐欺師だとでも思ってるのかい?」
「そのまさかさ!」と僕はスカートの裾を手放した、裾は嘲るようにヒラヒラ舞って、所定の位置に戻る。今まで手に取れるほど近くにあったスカートの中身が、これでまた異空間の中に沈んでしまった。そう観察不可能な別の世界へ。
そういえば、毎年気づかれないで換金されない当たりくじ世の中には五万とあるらしい、その理由が少し解ったような気がした。



8月12日(日)11:30 | トラックバック(0) | コメント(0) | 私小説 | 管理

第四章、『動物実験』③

さて、どうしたものか。罠がどんどん露骨になってゆく。このままでは既成事実を作られかねない。そもそも何で、同居する必要があるんだろうか?
「家を出たいなら普通に一人暮らしすればいいじゃないか。」
「あたしはあの子の母親だし、あなたは父親でしょ、一緒に暮らして変な事があるのさ。それに一緒に暮らした方が経済的に助かるじゃない。」彼女の視線の先には、人形が僕のベットで昼寝をしている。
「そんなの変に決まってるじゃないか、恋人同士でも夫婦でもない男女が同居するだなんて、そりゃ経済的に助かっても、道徳的にやっちゃならんことさ。」
「じゃあ、君の道徳では性的関係のある女性となら同居してもいいってことなのかい、それなら今からセックスすれば問題は無くなるな。」彼女はシャツのボタンを外し始める。これは思ったより危険な情況だ、何とか路線修正しなくては。
「いや、そういっているわけじゃないよ。ただ身分の問題だね。男というものは、一緒に暮らす女性にある程度の身分を認めてもらわないと同居できない決まりになっているのさ。例えば夫とか婚約者とか恋人という女性との繋がりが、直接的な地位が必要なのさ。君の言うような子供を通した間接的な理由では駄目なんだよ、現に離婚した夫婦は子供がいても一緒に暮らさないだろう。」
 「夫に婚約者に恋人か、確かに君をあたしのそういったものに昇格させるのは難しいかもしれない。他に同居者に相応しい地位は無いのかな?」と懇願するような目で彼女。僕はその答えを知っている。しかし、ここで答えてはいけないのだ、その答えが僕にとってどんなに耽美なものであったとしても・・・彼女は考え事を始めたのか、部屋の中をせわしなく歩きはじめた、これは危険だ、こともあろうに、目の前で昼寝中の人形が大ヒントであるあれを着ているのだから、気づかれられてしまっては一大事だ。

 「まあ、いいじゃないか今日結論を出さなくてもね。」
 「ああ、そうか。」エジソンのように頭の上の電球が光るように閃いたような表情の彼女「そういえば君、メイドになれば、抱けるとか何とか言っていたな。」くそっ、何てことだ大当たりだ、召使と主人なら、たとえ男女が一緒に暮らしていたとしても問題は無いのだ。
「よし、あたしは今日から君のメイドだよ、依存は無いね。」勝ち誇ったように彼女は言った。せっかく感ずかせまいと、最近はメイド服をたんすの奥に厳重に隠しておいたというのに、これではその努力も無駄に終わったということだ。
 こうなっては言い訳がましいことを言っても仕方ない、もう負けは決まってしまったのだ、今更後悔しても始まらない、ならばこれ以上負けが込まないようにする事に集中しようじゃないか。
「そうさ、メイドさんなら一緒に暮らしてやらない事はないね。でもそれには条件がある。メイドさんは主人の命令には絶対服従する覚悟が無ければ出来ない仕事なのだよ、それくらい大変なのなんだ。自分は主人の奴隷であるぐらいに思わなければいけないよ、甘ったれは許されないのさ、あと暑い日でも、あの厚ぼったいメイド服を着ての仕事だ、脱水症状の危険だってあるわけだしね。」
「いいよ、何でもいう事を聞こうじゃないか。その代わりあなたはあたしと暮らす事になるけれど依存はないでしょうね。」僕は首を縦に振るしかなかった。前々から憧れていた存在を手にしてしまうというのは、思ったより淋しく、そして迷惑なものなのかもしれない。
「何しょんぼりしてるの?」
「ひとさらいって知ってるかい?例えば・・・東欧の・・・そうチェコとか、スロバキア、ルーマニア、それにバルカン半島もいいね、アドリア海にエーゲ海、ヨーロッパの貧乏な国や地域ほど、哀愁に満ちて美しい所は無いと思うんだ。それで、そんな所なら、ひとさらいだってまだ居るかもしれない、そんなひとさらいから、人を買う、髪はまるでくすんだ真鍮のようで、目は空ろな東京の空の色、そういう娘を本当はメイドさんにしたかったのさ。」
「ご命令とあらば、このわたくし主人様のために、髪を染めて、カラーコンタクトを入れますが?」
「いいんだ、冗談だよ。きっと何だかんだ言って嬉しいんだと思うよ。さあ、着替えてもらおうか、メイド服はそこの箪笥の奥に眠っているよ。」



8月11日(土)21:25 | トラックバック(0) | コメント(0) | 私小説 | 管理

第四章、『動物実験』②


 
 それはまだ、僕等が二人の出合ったあのアパートにいた頃の出来事だ。彼女は僕の部屋に日を増すごとに長く入り浸るようになり、毎日欠かさず「あたしと一緒に暮らそうじゃないか。」としつこく提案してくるものだから、一度は彼女を信じかけた僕の心にも再び警戒心というものが戻ってきてしまう。
彼女の口車と巧妙なテクニックと言うか罠(彼女は同居の提案をしながら、前かがみになり大きく開いた襟口から胸の谷間や足を組みなおしてミニスカートの下のふとももをチラチラ見せ付けてくるのだ)に引っかかりそうに成るのを、自分の中の倒れそうな理性を必死で励まして、彼女と自らの性欲の言いなりに成らないように何とかこらえる。これはなかなかの重労働だ。

「そもそも、何で、僕じゃないと駄目なのかな。別に同居の相手なら他にいるだろう。」床屋に行く金が無いので、彼女に髪を切ってもらいながら僕は聞いた。
 僕は髪を切るのが嫌いだ。髪を切っている最中ずっと動けず暇だから。床屋で切るときは、プロの技に見とれるし、スーピードも早いから、そこまで退屈はしないけど、僕はこういう人間だから、床屋の主人と髪を切っている最中、おしゃべりをしなきゃいけないのが苦痛なのだ。
 だから結局、どう転んでも僕は髪を切るのを好きになれないようだね。

 彼女は以外に上手に鋏を使う。彼女は自分の髪もある程度自分で切っている。彼女僕と同じで美容院が苦手らしい。
 「あたし、友達少ないし、友達も実家暮らしが多いしね。それに、あんまり知らない人と話すの苦手だから、君しかいないんだな。」

女の子に君しかいないと言われると、無性に嬉しくなるのが男の性。でもこれが向こうの罠。乗ってしまっては思う壺だ。
 「そんなこと言われても説得力ないな、僕のところに来た時だってそっちから色々話しかけてきたじゃないか。しかも君は今まで僕みたいな境遇の人たちに同じような事してきたんでしょ。」
 「あなた以外の人からはだいたい門前払いされたさ。君は人が良さそうだったから、ちょっと調子に乗れたんだと思う。」

髪を一通り切りそろえると、彼女は鏡を持ってきて僕に僕の顔を見せてくれる。僕は鏡の中をまともに見ないで「これでいいよ。」と一言だけ言った。
 どうせ僕には、どういう髪型が今の流行なのかとか、どういう髪型が僕に似合うのかなど、そういうことが丸っきし解らないから、そう言うしかないのだ。
 彼女は、洗面所に行って両手一杯に泡を作ってきた。ふわふわの泡、「呪いの人形、そうそう、髪が伸びる奴。怖いかもしれないけど、美容師のタマゴの人たちにはいいかも、ほら、あれがあれば練習台に困らないと思う。ははは、今にもさっきまで話してた事忘れそう。」
さて、何の話だったっけ?彼女は、僕の顔に泡を塗りたくり始める。これじゃどっち道、話せないから答えなくてもいいってことかな?

 彼女は自分の剃刀で僕の顔を剃り始めた。僕らはお互いに自分たちが血とか精液に関係する病を持っていないと知っていたから、特にこういうことに敏感になる必要はない。彼女の手つきはしなやかで、見る見るうちに泡は髭や産毛の残骸と一緒に大きなタオルに落ちてゆく。
 それでも、首筋の毛を剃られる時は少し緊張する。これは男と女の間の緊張感に似ているのかも、相手が信じられないと、何時食い千切ぎられるか、わかったもんじゃない。だからプロのレイピスト(そんなものがプロと呼べるかは解らないけど)は、犯す対象に口は使わせないらしい。
 剃刀の作業は終了した。これで散髪もひとまず終わり。後はシャンプーするならして、しないなら床に敷いた新聞紙の上で髪を払うだけ。

 「どうします?」彼女はそういいながら、自分の前髪を切り始める。「君も散髪終わったら、一緒にシャワー浴びない?」
 「まさか。」今日は少し暑くて、彼女の額には汗で、切ったばかりの髪屑が張り付き、新しいアートな模様を僕に示している。
「うーん、そうだな。」一瞬難しい顔をして、その後その反動で緩んだ顔に戻って彼女は「一緒に暮らしてくれるなら、一緒にシャワー浴びてもいいよ。」どうやら、こういうものを盾にして交渉ごとを進めるのに彼女は長けているらしいのだ。



8月10日(金)21:44 | トラックバック(0) | コメント(0) | 私小説 | 管理

第四章、『動物実験』①

 丁度、章も変わったところだから、登場人物説明の補足でもしておこう。読んでいる皆さんにはもうお分かりだと思うのだけれど、この作品の副主人公といえる「メイドさん」こそ、人形作り手伝っていた彼女の事だ。
 
人形作りを終えたとはいえ、僕の経済状態は切迫したままだ、仕送りの日まで僕は彼女に頼るしかなかったし、彼女もあまり性格の合わない(といっても彼女の姉はそうは思ってはいないらしい、彼女は責任感が強めなので姉のような思い切りのいい性格の人間とは暮らせないのだ)姉との生活から逃れるために僕の下宿先に入り浸るようになった。
そしてそういう生ぬるい生活サイクルは仕送りの日が来ても変わることなく、僕らは季節が変わることには不動産屋を訪ね回り、僕と彼女、そして人形の娘、家族三人には、おわつらえ向きな3LDKの激安マンションを見つけ出すことに成功する。

 そこに引越し終わる頃には、少し前から始めたアルバイトと大学の講義、そして就職活動で僕の予定はパンク状態になり、家事の多くは彼女の仕事になってしまった。
けれども彼女はあまり文句も言わないでメイド服を着込み自分自身に酔っているかのように、大学の傍らメイド家業に専念する。そういったサポートのお陰だろう、僕はパンク寸前の予定を何とかこなして、無事大学を卒業し、僕らが二人で始めて酒を買った酒屋に就職したのだ。

 ここまで見る分には、この私小説、出会い自体は奇妙ではあるが結局、僕(主人公)は都合のいい家政婦を手に入れ、彼女(メイドさん)は自分の居場所を確保し、娘(人形)は無事にこの世に生を受け、自分の部屋まで用意されるという、全員にとって大団円な話なのだけれど、悲しい事にこの物語はこんなところでは終わらない。
 だからといって、これから宇宙に出るわけでも、宇宙人と戦うわけでもない、そんな単純な話ではないのだ。

まあ、それはひとまず置いといて、読者の皆さんの中には、それ以前の話として、人形作りを手伝ってくれた彼女が、どうして単なる恋人や同居人ではなくメイドさんに成ったかということについて、疑問をもたれる方もいらっしゃるはずだから、それについてのエピソードをここで書いておいても悪くは無いかもしれないね。



8月9日(木)10:23 | トラックバック(0) | コメント(0) | 私小説 | 管理

第三章、『TV泥棒』⑦



街はネオンでキラキラしている。居酒屋に駆け込んで生中を二つ、「おまちどおっ」店員がサッポロ黒ラベルのジョッキを机にたたきつける。僕らはビールを前に我慢できる性分じゃないから、もしかしたら、おわづけが出来る犬より出来が悪いのかもしれないから、テレビについて様々な思想をめぐらす事自体、勘違いの鈍感すぎる被害妄想なのかもしれない。

僕らは、ビールを飲み終えると、我先にと新しいグラスを頼む、二人で別々の焼酎を頼んで、半分づつ交代で飲んだりしても、別に変な気はしなかった、僕らは良い友人になれたのかもしれなかった。
友人との楽しい酒の席、三杯目のグラスを空けたとき僕は何となくデジャブのような感覚に襲われる。そして彼女にある事を聞かずにはいられなくなる。彼女には性行為のパートナーがいるのかどうかと?

「彼氏とかは居ないな。」面白い聞き方するなと彼女は笑う。下ネタを話しても飄々としている女性には何となく好感を持って信じてもいいかなと気を許してしまう「確かに恋愛と性行為は本来、離れた存在なのかもしれない。」
「そうなんだよ!」と僕は自分でもビックリするくらいの声で彼女に同感の意を表した。僕だって恋をしたことが無いわけじゃないんだ。本当に好きだなって思ったことがあるし、だから頑張って告白もしたよ、でも子供だったからね、ちょっと失敗しちゃったんだ。

「身の上話か、聞くよ。続きを頼みます。」こくり、こくりと相槌をする彼女。
「告白についての詳細なんてつまらないものさ、花束差し出して好きですって言ったんだ、すると彼女何ていったと思う?『花が好きなの?』だってさ、それであわてて彼女に花も好きだけどキミも好きなんだけどって言ったら『ええっ!』って驚いてさ、もう二人で混乱だよ。それで暫くして『キミの気持ちにはこたえられないな』って彼女が泣きながら言って、ああ僕は女の子を泣かせてしまったんだなって、漠然と思ったら、涙が出たよ。しかもその時に僕等が居た喫茶店のマスターが気を利かせてアナログ盤を取り出してさ、名に流したと思う?ユーミンの『あの日に帰りたい』なんか流すもんだから、あんまりにも演出過多すぎて二人で泣きながらクスクス笑っちゃったよ。テレビドラマで起こるようなことなんて本当に馬鹿らしい事なんだって。」
「ふふっ。面白い面白い。」彼女は焼酎を一気に煽ると店員向かって「注文お願いします!」と叫び、僕に向き直って「それでどうなった?」

「どうにも成らないよ、振られてその話は終わりさ。でも失恋のショックって面白いもんでね、高校の地学で地震について習った時にP波とS波って習ったの覚えてる?」
「ええ、あたし去年受験で地学使ったから、地震の震源地から最初に来るのが微震動で動きの早いP波でそれは人間の感覚では殆ど感じられないけれど、その後のS波はスピードは遅いけれども強力で、体で地震と認識できるってやつでしょ。」
「そうそう、失恋のショックもそれに似てるかな、最初はそこまで辛くないなってあんまり涙も出なかったんだけど、二日目の夜に急に死にたくなるほど酷い気分になって、友達の女の子に泣き言を聞いてもらったこともあったっけ。」
「意外と可愛い所もあるんだな。」
「けれど、だんだん気持ちなんて生ものみたいに鮮度を失うと、失恋のショックも薄まるし、相手の事が本当に好きだったのかさえ解らなくなってしまう。でもあの時は本当に好きだったんだ。彼女に早く会いたくて、帰省先の実家から予定より早く下宿に戻ったし、プレゼントしたくてバイトもしたんだ、そういう状況証拠からあの時、僕は彼女の事を本当に好きだったんだって思うんだ。それでさっき話したように告白もしたよ、でも、失敗して正解だったんだ、僕は彼女の恋人になってからどうしようって計画を、せいぜい『手を繋ぎたい』ぐらいしか考えてなかったんだ。
本当に意外だよ、あの頃は今より若かったから、性的な事に今よりずっと貪欲だったはずなのに、心と体の恋がアンバランスだったのかな。彼女とキスしようだとか、ましてやそれ以上の事なんて全く思いも付かなかった、人を好きになるって本当に不可思議な事だなって、後から驚いたよ。君がさっき言ったとおり恋愛と性行為はばらばらの事で、たまたま多くの人は丁度、恋人が性行為をする上で身近な異性だから、そうしているだけということなのかもしれないな。」

「お待たせしました、ご注文をどうぞ。」
「揚げ出し豆腐と剣菱燗で、あと疲れたからジントニックを、あなたは欲しいものある?」
「そうだな、蕨餅とフォアローゼス、ロックで。」
「かしこまりました、それではご注文繰り返します。揚げ出し豆腐と、剣菱の燗、ジントニック、蕨餅、フォアローゼスロック以上でよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします。」
「それでは、ただいまお持ちしますので、少々お待ちください」少々と言われても、居酒屋って結構待たされるのだ。

「うん、ごめん、話が途切れてたね。まあ、きっとこの命題はある程度正しいのかもしれない、あたしらはちょっと似たものっていう風情があるね。」店員が去って、急に真面目な表情の彼女、空のグラスの底をじっと見詰めている。
僕は、胸を撫で下ろしていた。今、僕の目の前に居る彼女は少なくとも僕の目の前で自分達だけの密室を見せびらかしたりはしないのだという確信がもてたからだ。
「そうだ、日本酒頼んだんだから、白子の刺身も頼めばよかったな。」

もしかしたら、彼女は信じていい存在なのかもしれない。いや、TV泥棒達なんかよりずっと信用できるはずだ。

それから二時間、僕らは居酒屋で酒を飲んで、その後一晩中カラオケ店で歌いまくった。夜を象徴するような、艶っぽいメロディーの伴奏の流れる明かりの絞られた真夜中のカラオケボックスに居ると、僕らはスープに食パンを浸したみたいに、本物の夜に浸ってしまうような気がした。



8月8日(水)09:30 | トラックバック(0) | コメント(0) | 私小説 | 管理


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