兄目線でアニメ
 
アニメに対する、視点、論点、あと,メイドさんとか、自作PCとか、鉄道とか酒とかな話。
 



私小説
~説明~
萌兄の私小説

第二章、『脱皮』①

何かを作ることが好きな僕は、料理も好きだ。
下宿のキッチンは、とてもじゃないが使いやすいとはいえない。コンロは一つだし、流しも狭い。冷蔵庫だってワンドア式の四角くて小さくて霜がつくやつだ。とてもフラストレーションが溜まる。
けれども、そんなキッチンでも使い方次第だ、コンロが一つなら余熱を利用しながら、煮物と味噌汁、焼き物を交互に温めていけば、どれも同じ頃に食べごろになるし、流しも、洗い物を食後に全部一辺に洗うには狭いけれど、料理の間で使い終わったものから順に洗っていけさえすれば、食後に洗うものは、食器ぐらいで済む。冷蔵庫だって、小まめに買い物に行けば問題はない。
まあ、それでも使いやすいかと訊かれれば、首を縦には振れないが。

僕は僕の救世主と名乗る女性に、湯豆腐と鯖のみりん干しとシーチキンサラダを作ってやった。彼女は、酒だけでなく、材料まで提供してくれたので、悪いと思って僕が作ると提案したのだ。彼女はすんなりそれを受け入れる。
もし、彼女が詐欺師なら、相手に負い目を作らないためにも最初から最後まで自分がすると言い出す可能性が高いので、どうやら彼女が詐欺師ではないかという、今までの僕の疑念は単なる思い過ごしのようだ。
しかし、油断は禁物。自分は結果的にとはいえ、男である僕しか居ないこの部屋に、よく知りもしない女性を連れ込んでしまっているのだ。情況はあちらの方が有利だ。痴漢やセクハラという犯罪は、女性の証言が何よりも優先されるのだから。
と僕が、彼女の腹の内を探っていると、彼女は僕が投げ出したままだった、人形の材料や、僕の作った型紙を物色し始める。彼女も裁縫が得意なのだろうか?

「ふーん、意外と上手。」僕の料理を見て彼女は無感動に言った。
「こう見えても料理好きなのさ、」
「いただきます。」彼女は鯖みりんに箸をつけて食べ始める。僕はビールを冷蔵庫から出して栓を空けた、彼女はそのビール瓶を僕の手から奪うと、僕のグラスに上手に注いだ。人に注いでもらうビールは少しだけ味が違う気がする。僕もお返しに彼女のグラスにビールを注ぐ。

「乾杯!」何のための乾杯かわからないけど、僕らはそう言った。それが僕等二人で飲むビールの歴史の始まりだったのだ。



「あなた、人形作るんだ。」と少し酔いが回ってきたぐらいに彼女がつぶやいた。少し唐突な気もしたけれど、型紙を見れば誰にでも判ることだ。
「女の子でもつくるんでしょ」
「いやらしいと思うかい?」
「男が男の人形作るほうが気持ち悪い」言われてみればそうかもしれないな、彼女はビールを飲み終えて、湯豆腐をつつきながら、ロックでいいちこを飲んでいる「うん、おいしい。豆腐は木綿がいいんだ。女の子は女の子って言っても、あなたが作りたいのはメイドでしょ。」彼女のあまりにも的を得た発言に、僕は心臓が止まるかと思った。でも結局止まるわけもなくて、いっそとまった方がかっこよかったかなとちょっと思う。

「なんで、解ったのさ。」
「クローゼットにメイド服吊ってあったし、箱の中に、紺色と白の布とレースが沢山入ってるから。」と、彼女は豆腐を飲み下しながら言う。僕は料理に夢中になっていて、彼女が部屋中を物色していた事に気づかなかった事を後悔した。また向こうの立場が有利になる。やはり油断ならない存在だ。
「あれも、自作なの?」
「まあ、そうさ、古着屋で見つけたワンピースを改造しただけだけど。」
「あのメイド服、着せた事ある?」
「いいや、サークルの合宿で酔った野郎どもがふざけて着ただけさ、淋ししもんだ。」
「着てあげようか?人形作りのヒントに成るかも。」
「駄目だよ、あれを着られたんじゃ、僕は君を強姦してしまいかねない。」
「正直者は嫌いじゃないんだよ、あたし。」
「好きだからって、セックスする気にならないだろ。女の子はだいたい僕の友人にはなってくれても、恋人になってくれた例なんてありゃしない。」
「そうそう、あなた頭悪くないな。」

僕は、ジョニーウォーカーの封を切って氷を並べたグラスに注ぐ。このウイスキーは安い割りに化粧箱が付いていてなんだか嬉しい。
間を空けるとまた詰まらない話をしてしまいそうなので、僕はまだ氷があまり熔けていない、濃いままのウイスキーをちびちび呑み始める。

そして、ウイスキーを舌の上で転がしながら、僕は人形作りの行程を、頭の中でシュミレーションする。
まず、人形は顔だ。頭から作らないと、大まかなサイズも決まらないし、人形を作り始めたという気がしない。次はその頭に合わせた胴体。胸は低反発ウレタンをカッターで削って、綿の代わりに入れることにしよう。そのあと・・・「人と飲んでいる時には、あまり考えこむもんじゃない。」いつの間にか難しい顔をしていたらしい彼女の唐突な指摘で我に帰る。
彼女は残りのツナサラダ口に押し込んで、いいちこでそれを流し込む。「まあいい、返品する気が無いなら、それで結構。でも、あいにく、あたしって責任感というか、強迫観念が強くて。だから、その子が完成するまで付き合ってあげる。」
完成前の人形を「その子」というのは、自らの胎内で子供を創る事の出来る、女性の特権だろう。
一通りメニューを制覇した彼女は立ち上がる。「難しい事考えるんなら、甘いもの食べた方がいいはず。」といって、僕にハンドバックから出した、食べかけの板チョコを渡し、そしてその動作のまま「これから講義があるから、じゃあ、また明日。」そそくさと出て行く。彼女も僕と同じ学生らしい。

僕は静かな飲み会で出散らかった部屋に一人残された。彼女のくれた板チョコは僕が一番好きな銘柄のものだった。



7月25日(水)09:12 | トラックバック(0) | コメント(0) | 私小説 | 管理

第一章、『詐欺師姉妹』⑤



「この角、曲がると酒屋があるんだ。」彼女は家が近いというだけあって、この辺りの地理に明るいようだ。僕は方向音痴でない女性は好きだ。
「君、地図は当然、進行方向を上にしないで読む人だね。」
「北を上にするのが基本じゃないの?」
「酒屋って、居酒屋で飲むんじゃないのかい?」
「この時間(朝の10時半)に開いてる居酒屋なんか無いでしょ。肴は東急ストアで惣菜でも買っていいし、作ってもいい。」

酒屋二人で入る。この時間から、酒屋に来る学生はとても不健全だ。そして僕はそんな不健全な生活をもう三年以上続けている。
「とりあえずビールはどの銘柄が好き?よくビールの銘柄に拘る男性は、細かい性格って言うけど、ビールの銘柄に拘らないのは単なる味覚障害と思う。」
「ビールなら、エビスかキリンラガーがいいな。発泡酒ならキリン端麗かサッポロ生搾り。」
「あたしも、エビスはいいと思う。高い分美味しい。」彼女はエビスの瓶をコロコロと数本、籠に入れた。「今日は奮発栓抜きはあるでしょ。ビールの他に欲しいものは?」
「栓抜きはちゃんとあるよ。ビールの他にはウイスキーと麦焼酎がいい。氷も欲しいけど、いいですか?」
「日本酒は飲まないの?」
「一緒に飲んでた先輩が一昨年の健康診断で『糖』出してから、だいたい焼酎を飲んでるのさ。あと、風味のキツイ焼酎は苦手だけど、ウイスキーは癖が強いスコッチの方が好きだよ。」
「ふーん、まあいい、いいちことジョニ赤でいい?あたしもそんなに持ち合わせないから。」
「奢ってもらっといて何だけど、それでいいさ、」と僕。彼女は「今度、余裕のあるときにでも、オールモルトのウイスキー飲もう。」と希望に満ちた返事をした。女の子の気持ちは解からない、僕はタダでさえ少々女性不信ぎみなので、やっぱりこれは一種の詐欺かなと疑ってしまう。

まあ、詐欺なら詐欺でいい、彼女が僕を騙す前に、僕が彼女を騙せばいいのだ。僕が警戒を解かなければ、そう難しい事じゃない。

警戒を解かなければ。
警戒を解かなければ。
警戒を解かなければ。

僕は心の中で範唱した、範唱でもしていないと、この迷子のような幸運を鵜呑みにしてしまいそうだったから。



7月23日(月)09:43 | トラックバック(0) | コメント(0) | 私小説 | 管理

第一章、『詐欺師姉妹』④



次の日の月曜日、荷物は届いた。
狭い下宿先には大きすぎる荷物、メモを見ながら、箱の中身とレシートを確認する。
そうさ、もう済んだ事は忘れよう。こういうムシャクシャも、何か創造していくうちに忘れるもんだ。そうだよ、もともとそのために、何か作ろうとしたんだったな。
僕は、頭の中で設計図を作り始める、布の面積や綿の量を考慮しながら、どれくらいのサイズになるか考えると、縫いぐるみ作りに慣れた人なら、だいたいこれくらいだと、見当が付くもので、僕は早速、カレンダーや広告の裏側にサインペンを走らせて、簡易的な型紙を作った。
我ながら、物を作ることに関しては、天才とは言えないまでも、ちょっとした才能ぐらいはあるんじゃないかと思う。

さて、型紙も作ったことだし、そろそろ、布を切ろうかと鋏を構える。ここでミスしたらまた、あの店に行かなきゃ行けない。別にあの店でなくても売っているかの知れないけれど、同じ色、同じ質感の布を、他の店で探すのは、僕の裁縫の経験上、かなり難しい事だ。
緊張する。布は一本一本の糸から作られる。いわば一次元の線を無限に重ねて二次元の面を作る感覚。この均衡の取れた面を破壊するのは簡単だ。でも、直す事は僕らのような素人には不可能だ。こういうところは、自然と似ている。僕らに出来るのは、正しく切り取る事、正しく加工する事、正しく壊す事。

手が少しだけ震えているだけで、手を中心にした末端である鋏の先は大きく揺れる。これでは綺麗な曲線なんて切れやしない、こんなところで緊張なんて全く自分というものが嫌になるけれど、あと三十秒もたてば、もしかしたら止むかもしれないので三十秒くらい待とうか、そう思ったときだった。

『ピンポン』

心臓中の血液を逆流させるような電子音。鋏や包丁を持っている時は勘弁して欲しい。続けて『ピンポン』とまた電子音。
「はい、今出ます」と僕。部屋は散らかっているけど、玄関先で事を済ませれば問題ないだろう。僕はドアをゆっくり開けた。

「あっ、やつぱり男の人、めずらし。」とドアが開かれるのと同時に、彼女は僕の顔を見て言った。昨日僕に沢山、布や綿を売りつけた彼女。今日は少し沈んだ表情。それにしても何で僕の部屋を知っているんだ?僕の頭はフリーズした。
「あ、そうだ。私、手芸屋の店員じゃないですよ、あの人は姉で、あたしは妹。よく似てるって言われるんだ。性格は似てないけど。」と彼女は言った。

よく解らない話だ。僕がよく解らないくらいだから、この作品を今読んでいるあなたは、もっとよく解らない話だと思っていることでしょうね。
確かにこの作品は、シュールな所が多々これからもあります。しかし、こういう寓話的でない、少し現実味のある奇妙な情況はあまりよい状態とは言い難いということは、なんとなく動物的勘という奴が警笛を鳴らして僕に必死に知らせようとしている。
こういうのは所謂サギみたいなものなのかなと僕は思い巡らした。美人局とは違いそうだけど、ウチの家系の男たちはよくサギに遭うから気をつけないと。

「固まってないで、とりあえず部屋に入れてくれます?」と彼女、これは、ますます詐欺っぽい、女の子を自室に入れてしまったら、向こうの思う壺だ、後でどんないちゃもん付けられるか解ったもんじゃない。
「いや、ほら、よく知らない人を部屋に入れるのは良くない事ですから、あと部屋も散らかってるし。」
「姉に買わされたものでしょ、今のうちに返品、クーリングオフした方がいい、姉はよくこういう汚い商売するんだ。ノルマ、ノルマって言って、営業成績一番の癖に・・・騙された人なんてほっとけばいいと思うけど、身内の事は身内で片つけないと、寝覚め悪くて、ほら、一緒に店に行こう。」
どうやら、彼女は僕をだます所か、僕を救いに来たらしい。でも彼女が薦める救助法では僕は救えない、僕は心に開いた穴を買い物では埋められないんだ、代替物を自分で作らないと救われない面倒な人間なのさ。

僕は、昨日買ったものを、店に戻す気は無いとハッキリ彼女に言った。

「よくわかんないけど、解る気もする。」と複雑な表情で彼女。「あなたの自己実現には、創作活動が必要なんだろうね。でも、あなた学生でしょ、万を越えた額なんて、学生には大事なお金じゃない。あれだけあれば、一週間ぐらい暮らせるでしょ?」
「飲み会で、多めに飲んだと思えばいいのさ。僕は、お酒好きだし。」
「へー、飲むんだ、あんまりそう見えない。」
「よく言われる。そんなに幼く見えるのかな?でももう、二十歳過ぎてるから大丈夫。飲みすぎて新橋の植え込みの中で寝てた事だってあるよ。」
「年下かと思ってた・・・実は私も飲むんだ。そうか、飲むのか・・・」ちょっとだけ考え込む彼女。眼鏡の中で目玉が金魚鉢の金魚みたいに動いて楽しい。「じゃあ、せめてものお詫びに、一杯奢らせて、それで話はチャラ。」
「そこまでしてもらわなくてもいいよ、僕は市場経済で、正当に君のお姉さんと売買行為をしただけさ、何か奢ってもらう義理は無いね。むしろ、わざわざ心配して尋ねてきてくれた君に、ココまでの交通費も渡せない自分が恥ずかしいくらさ。」
「そんなこといい、家近くだし。それに、あたしは慈善活動が向いているだけ、言い方は悪いけど、可哀想な人を助けている時の自分て素敵だと思う。あなた何飲む人?」

其処まで言うなら、と僕は彼女の誘いに乗ることにした、何だかんだいって、お酒を勧めるところが詐欺っぽく思えたが、昨日の買い物で今月は酒を買う余裕は無かった。餌が欲しくて付いて行くのは畜生の性。酒が欲しくて付いていくのはアル中、学生の性なのだ。



7月22日(日)09:06 | トラックバック(0) | コメント(0) | 私小説 | 管理

第一章、『詐欺師姉妹』③



僕は、帰りの電車の中、手が火照って仕方なかった。何となく彼女なら僕の気持ちとか趣味とか解ってくれる気がした。それにあの営業スマイルは何時でも出来る代物じゃないだろう、何時もあんな笑顔していたら、頬っぺたが筋肉痛になってしまう。そう、あの笑顔は僕だけのものなんだ。そんな素っ頓狂で自分勝手な妄想をしてしまう。

これは、ろくに女性と関わらない、内気な学生が良くする妄想だよ。水疱瘡みたいなものさ。それは解っているけれど、それは承知していても、その夜のオナニーはいつもと違って、意欲的で、沢山出た。



次の日、日曜日だったので、朝から彼女の店に連絡を入れる、なかなか決心が付かなくて、携帯電話のボタンを何度も押し直した。ボタンを一つ押すごとに、心臓がドキドキして破裂しそうだった。でも、破裂する前に何とか最後のボタンを押すことが出来て、「お電話ありがとうございます。」と明るい声を聞く。
あの、と呟くと「この声・・・昨日の学生さん、ああっ、うれしい、本当に連絡してくれたんだ!」丁度、電話に出てくれたのが彼女で良かったと心から安堵する。
「あの、作りたいものが決まったんだ、恥ずかしいけど、笑わないで欲しいな」と僕が言うと「ふふふ、恥ずかしいもの作りたいんですか?笑いませんよ、大切なお客さんですもの」と彼女。

「で、何を作りたいんです?」
「メイドさん」
「ぶっ、」
電話機の向こうが何か曇り空になった感じ。
「いいんですよ、早い話が、女の子のお人形でしょ、材料の候補、見繕っておきますから後で来て。」

プチッ

電話は切れてしまう。最後はちょっとヨソヨソしかったな、人形作りませんかとか提案して置きながら、何だよと少し思う。
でも、準備しておくって言ってたし、僕はわざわざ準備してもらっているところに、みすみす赴かないほど、度胸も据わっていない。仕方なく出かけることにする。まさか、入店早々、店中で僕が、店員達の笑いものにされるって事は無いだろう、資本主義社会の店舗でそういうことはあり得ない。影口ぐらいは言われそうだけれど。



店内は、昨日とほぼ同じ込みようで、特に込んでいるふうでもない。やっぱりショッピングは平日に限る。
「お客さん、待ってましたよ。」と彼女が寄ってきた。「レジ脇のスペースに置いておきましたから。」彼女の指差した方向を見ると、大きなダンボール箱が床に寝そべっている。品物は自分で選ぶ主義だけれども、手芸店に居る男なんて、少ないし、色々物色すると周りの人に大体、稀有な眼差しで見られることが多いから、選んでおいてくれた事は、少しだけうれしい。彼女は善い店員だ。
「中身は、一応、私の厳選したものです。お客さん学生だから、あんまり高いものは避けたつもりですけど、拘るべき所は拘りました。箱は閉じてありますけど、中身に何が入っているかは、箱の上のメモに書いておきましたから参考にしてください。商品を確かめたければ、私がお供して箱の中身と同じものを、見せて差し上げますが・・・」語尾はとても弱弱しい。

 「大丈夫、専門家のあなたを信じてますよ。」と僕は言った。一刻も早く此処から抜け出したい、彼女の目の前で、これ以上の醜態を曝すなんてゴメンだ。
僕は一言彼女にお礼を言って、レジを済ませて、大きなダンボールは配送してもらう事にした。あの大きなダンボールを抱えて、店を後にする、惨めな僕の後姿を彼女に見られるなんて耐えられない。
 僕は、姿勢を整えた、頭の天辺から紐で、空から引っ張られている感じに、背筋を伸ばして、僕は店を去った。彼女が僕の後姿をちゃんと見ているか少しだけ知りたくなったけど、怖くて振り向く事なんて出来なかった。振り向いたらきっと、厄介ごとが済んで、彼女はせいせいしたような顔をしてるだろう。

 「クレームに成らなければいいんだけど」とか口ずさみながら。



7月21日(土)23:49 | トラックバック(0) | コメント(0) | 私小説 | 管理

第一章、『詐欺師姉妹』②



あの日、僕は何時もの様に、街でメイドさんを待っていた。メイドさんは何時も待ち合わせの時間に遅れる事は無いのだけれど、その日は十五分ばかし送れて現れた。
まあ、遅れた事をとやかく言っても仕方ないので、その後居酒屋に直行した、メイドさんは何時もより機嫌がよく、お酒を子気味よく注文していく。僕も、お酒は好きなので、これまた引っ切り無しに注文する。
二人とも、いい感じに酔った時だった。酔いのせいか僕はふと「どうして今日は遅刻したんですか?」と、つまらない事を尋ねてしまった。そして、不幸な事にメイドさんも酔っていたためか、そのつまらない質問を聞き流さずに、答えてしまった。
「ご主人様と、ホテルにいたんですぅ。」
「ホテルって、その?」
「もう、ですから、エッチしてたんですよ。」
何かが、ストン!と落ちたような気がした。

そうだ、今までも、メイドさんと会って話す時に、メイドさんの主人の話が出なかったわけではない。いやむしろ、メイドさんから、メイドさんの主人と同じ男性として、主人との付き合い方とかの相談にもたびたびのっていたのだ。そう僕は、メイドさんに主人が既に居る事を確かに認識していた。
それなのに、そのときのメイドさんの言葉は僕をつまらない幻想から、強く、そして残酷に突き放した。

今、目の前にいるメイドさんは、まさしく僕の友人であるはずなのに、まるで急によそよそしくなった感じ・・・いいや、それ以上に嫌悪感、嘔吐感か?
セクシャルを切り離しての友人としての付き合いは、とても神聖なものだというのに、淫猥な幻想をやっと忘れ、悟りを得た修行僧である僕の目の前で、メイドさんは、みすみす自分の野生をこれ見よがしに、突き出してくるのである。これは何という仕打ちだろうか。
今、目の前に居る僕の無垢な友人は、数時間前まで、友人である僕が顔さえ知らない男と肉欲に浸り情事を貪っていたのだ!
そうだ、これまで僕の中には、友人であるメイドさんの裸体のヴィジョンはおろか、セクシャルなイメージすらなかったというのに・・・今では、メイドさんを見るたびに、色情狂患者を見ているようで恥ずかしくてたまらない。不可逆的に、友人を失った僕の心はにわかに憤る。

そして、何より許せないのはメイドさんが、密室で情事に耽っていた事だ。まだアダルトビデオに出演していたという方がショックが少ないはずだ。密室の情事は何処にも開かれていない、そこに他人の入る余地は無いのだ。
僕は言いようの無い疎外感に襲われる、これは男性特有のある種の孤独感に近いのかもしれない、その後メイドさんと居酒屋で数時間話したはずだけれど、何を話したか全く覚えていない、酔いのせいかもしれないけれど、本当は、メイドさんなど最初からここに居なくて、僕はずっと独り言を呟きながら飲んでいただけなのかもしれない。

それを最後に、僕は、メイドさんと会うのをやめた。あまりにも複雑すぎる吐き気から逃れたかったから、そして、僕は、本気で女を買うか、強姦でもしようかと思った。でも、そこまでするほど僕には度胸がない。
そう、僕は何事も無かったように振舞うしか他なかった。



そんな、自分の感情が上手く制御出来なくなりそうな時、僕は決まって何か創りたくなる。その頃、丁度僕は母親から、お下がりのミシンを貰ったばかりだったから、それを使って何か作ろうと思い、大きな手芸店に足を運んだ。
手芸店に着いた僕だったが、何を作ろうとか明確には考えていなかった。よくそういうところに行くと、ハギレとかのワゴンセールをやっているから、それを買い込んで、鞄かシャツでも作ろうか?そんなふうに考えていた。

でも、その日のワゴンセールの商品は、どれもこれも僕に物欲を思い出させてくれるようなものは無かったので、仕方なく帰ろうとした時「何かお探しですか?」と店員。
僕は、心が弱っていたせいか、理由も無く、その店員に不思議な親近感を持ってしまった。何か作ろうと思って悩んでいるんだと話すと、その店員は、どうやら縫いぐるみとか、人形が専門のようで、「お客様は、お人形を作ったことは御ありですか?」とたずねてくる。
いい年した野郎に「お人形」は無いだろうと思ったけれど、偶然にも僕は昔から、時々縫いぐるみを作ることが時々あった、家は僕が小さい頃、貧乏であまり玩具を買ってもらえなかったから自分で色々と作ったのだ。

縫いぐるみなら、少しは。僕がそう呟くと、「そうですか!うれしいなぁ。男の方でそういう人、少ないでしょう、話が合いそうで良かった。」と、急にフレンドリィな接客の店員。僕はどちらかといえば、堅苦しいのより、こういう接客の方が好きだ。
「特に作るもの決まってらっしゃるんですか?」
「いいや、特に決めてません。」
「それなら断然、あなたの好きなものを作るべきですよ。何が御好きなんですか?」といわれても、急には出てこない、ちょっと前なら、迷わずこんな大衆の面前でも「メイドさん」と答えていたかもしれないけれど、今はそんな気分にはなれない。

「いや、やっぱり次の機会にしますよ、」と僕。すると店員は、凧の紐が切れて、どうすればいいのか解らない子供のような顔で「いや、あの、でも、思い立ったが、吉日ってやつですよ、そうそう、昔からそう言うでしょ、だから、ねえ、やっぱり作りたいときに作らないと、ずっと作れないままになって、良くないんだと思うんですよね、ほら、お客さん、学生さんでしょ、今だけですよ、ちゃんと作れるの、だから、作っといた方が、ほら、将来のためって言うかですね、後々人生の糧に成ると思うんですよね、ね。」と一息で言い切ると、僕の手を掴んで、手のひらに自分の名刺を握らせた。
「今日じゃ、駄目だって言うなら、明日でも、明後日でもいいんですよ、でも今月中がいいな、ノルマが厳しいんだわ。いつでも連絡してね、待ってるわ。」彼女は、にっこりと笑う。
こんな素敵な営業スマイル見たこと無いと僕は感心した。そして彼女は名刺を握った僕の手を両手で包み込んでくれた。



7月20日(金)10:10 | トラックバック(0) | コメント(0) | 私小説 | 管理


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